高橋巌先生が旅立たれて1年になる。先生の写真を見ていると、透徹した目をしながら、穏やかに話された姿を思い出す。講義が終わると、いつも心が温かくなっているのを感じ、何か人生や認識に対する勇気をいただいていたという思いが強い。
人智学の徒として、数多くいた教室の方々はみんな今、どうしているのだろう?日本人智学協会の方は、「今後はそれぞれで人智学の研鑽をしてください」といった趣旨のことを話されていた。
確かに先生には多大なことを教えていただき、それを期待して毎回講義を拝聴していたのだが、今振り返ってみると、先生にある意味で“依存”していたのではないかと、最近考えるようになった。講義を聴くだけでなく、もっと能動的に参加できたのではないか、と思う。そういえば、先生は、「この点について話し合いをしましょう」といったことをよくおっしゃっていた。もっと能動的にかかわるように、と言っていたのだ。
先生が旅立たれた後、先生訳のシュタイナーの書籍は、新装版・新訳を含めて、5冊は出ていると思う。来月も一冊でる予定である。奥様から伺った話では、まだ本になっていない原稿が、段ボール7~8箱あるそうだ。あと何年かは、“依存”が続けられるかも知れない…。
また、ここ1~2年の間に、人智学に関連して今まで全く体験したことのないことが、おこった。人智学によると、偶然ということはありえず、新しい“縁”が始まったとしか考えようがない。一つは、シュタイナーのことをご存じのドイツ文学の先生に出会ったこと、二つ目は、人智学をかなりよく知っている人類学者に出会ったことである。三つめは、このブログにも高橋先生をよくご存じの方がいらっしゃることがわかって、うれしく思ったことである。この三つのご縁を大切にしていきたいと思っているが、どれほど長続きするのかは、まったくわからない。縁は、自分の努力では何ともならないからである。