人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

十三まいりと虚空蔵―次の世界への扉

「十三まいり」は、数え年13歳を迎える子どもの通過儀礼で、知恵の菩薩「虚空蔵菩薩」へ参り、知恵や福徳祈願をする伝統行事だ。数え年の13歳は、生まれてから干支が一周するタイミングのため、人生の節目である13歳まで健康に育ったことに感謝する意味合いもある。

虚空蔵菩薩には、宇宙のように深い知恵と広い記憶力を授かり、学問が成就するという「ご利益」がある。子どもが精神的に目覚め始める年齢になってはじめて、その力を受けられると考えられていたのかもしれない。

13歳になると、抽象的思考や倫理観・世界観が生まれ始める。古代の暦では十三は、完成を象徴する12に新しい始まりの1をプラスして一つ上の段階に入る数とされた。

人智学の年齢認識では、14歳が自我感情の誕生する時期と言われているが、十三歳はちょうど魂が自分の内面を意識し始める境界といえる。十三参りは無意識のうちに日本文化が作った「魂が目覚める直前の祝祭」とも解釈できる。

ところで、虚空蔵は神智学が言うところの「アカシックレコード」の考え方ととても良く似ている。

虚空蔵の虚空とは無限の宇宙空間のことで、蔵とは宝庫のことだ。つまり「宇宙の無限の知恵を蔵する存在」といえる。虚空蔵は無限の知恵と完全な記憶を保持する菩薩とされている。

神智学では宇宙にはすべての出来事が記録されているとみている。宇宙のエーテル的領域にすべての出来事の痕跡が残っている、という思想だ。一般に「アカシック年代記」と呼んでいるが、これは、虚空蔵の、「宇宙の記憶領域」というイメージとほぼ同じといえる。虚空蔵は菩薩という人格的存在なのに対してアカシックレコードは宇宙の記録場、という違いはあるが。

密教では虚空蔵は宇宙そのものの知恵を象徴する。空海さんは、虚空蔵求聞持法を極めた。これにより驚異的な記憶力を持った。一度聞いたものをすべて覚えていられる知恵だ。

京都の十三参りでは有名な習慣があるそうで、参拝後、橋を渡るとき後ろを振り返ってはいけない。振り返ると授かった知恵が戻ってしまうといわれている。これは象徴的には子ども時代を振り返らない、 新しい人生に進むという意味らしい。

来月から新学期がはじまる。すべての子供たちに知恵が授かることを祈りたい。