人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

2026-01-01から1年間の記事一覧

落花生と麦について

落花生畑落花生はお酒のつまみによく食べる。以前、千葉県の八千代市に住んでいた時、すぐ隣が落花生畑で、その収穫の夕方の風景が、まるでミレーの「落穂拾い」や「種まく人」を思い出させてくれた。収穫した落花生を土から抜き、畑の上で自然乾燥させ、そ…

孤独の調査結果から思い出した絵のこと

アルプスの真昼 セガンティーニ中央大学の研究グループが、日本で1983~2023年に実施された、孤独に関する81の研究データを統合して分析し、それが各報道で取り上げられている。内閣府で毎年やっている孤独調査よりも広く長くとらえていそうなので、関心を持…

母という存在について

母が亡くなってから28年たつが、母への特別な想いは今も変わらない。森進一の歌を聞けば、いまだに涙が出るし、最近では、『まぐだら屋のマリア』のドラマを見て号泣してしまった。年のせいもあるとおもわれる。『秋桜』にある「此頃涙脆くなった母が 庭先で…

古代エジプトで描かれた戯画を読む

古代エジプトの絵4月から、ヒエログリフを読みながら古代エジプトの文化を研究する講座に参加しているのだが、昨日の講義では、こんな絵を鑑賞した。動物が裁判官をしたり、盤上ゲームをしたり、ガチョウを飼っていたり、猫が子ネズミを抱いていたりする。…

天気予報の区分に不自然を感じたこと

予報区別の予報図この予報図は、つい最近のものだ。これを見て何かおかしいと思わないだろうか。そう、東京都の境目あたりを見ると、周りと比べて曇りとなっている。地図上の境界からきれいに曇りだ。行政区分と自然現象の境界は一致するはずはない。なぜ、…

奥多摩古道―「むかし道」を歩く

旧青梅街道の「奥多摩むかし道」を歩いてきた。奥多摩駅から奥多摩湖まで約10km。新緑の輝きを全身に浴びながら歩く。 奥多摩駅奥多摩駅は、昔は氷川駅といった。でも、雰囲気は全然変わっていない。ここから登山に向かった記憶ももう、かそけくなってしまっ…

鯉のぼりを見て、思ったこと

鯉のぼりを見ると、「屋根よーり高―い鯉のーぼーり」よりも、「いーらーかーのなーみと くーもーのなみー」をつい口ずさんでしまう。なかでも、「百瀬の滝を登りなば、忽ち竜になりぬべき」が思い出される。この歌詞は、鯉が激流に逆らって登ると竜になると…

「あらぐち」さんたら「あらぐち」さん!

最近よくテレビに登場する荒口氏、いや新口氏をご存じだろうか?いや、間違えました。アラグチ氏でした。正しくは、セイイェド・アッバース・アラーグチー氏。イランの外務大臣سید عباس عراقچیだ。アラグチ氏はここ数日、中東で進行中の紛争について協議する…

なるほど憲法、まあまあ憲法、まだまだ憲法、未来の憲法

日本国憲法の中に、シュタイナーが提唱した社会三分節に通じるところはあるのかどうか、探して考えてみた。社会三分節とは、ひとことで言えば、「社会をひとつの原理で支配してはいけない。人間の社会には性質の異なる三つの領域があり、それぞれにふさわし…

労働とは何か?

ふつう、食うための手段とか、何かを生み出す活動のように思われている「労働」ということを考えてみた。たとえば、靴を作る、畑を耕す、文章を書く、子どもを教える、木を植える、ロボットを設計する。どれをとっても、「まだ存在しないものを呼び出す」行…

人間だけが通れる峠、『天城越え』

懐かしの歌番組を見ていて、以前からこの曲の深い意味について感じていたことがあり、感想を書く。石川さゆりが40年前に発売した曲、『天城越え』。当初、石川は、「こんな情念の籠もった歌は自分には歌えない」といったそうだ。歌詞は、確かに激しい。“誰か…

マレーヴィチの人物像とカオナシ

マレーヴィチとカオナシ旧ソ連の抽象画家であるカジミール・マレーヴィチの人物画を見ていて、なぜか「千と千尋の神隠し」に出てくるカオナシを思い出してしまった。左のものは、顔はあるが無表情、真ん中の人物には顔がない。単に似ているから連想して思い…

意識の変化で見た仏像の歴史

仏像の鑑賞法の講座を受けてきたのだが、大学の大教室を満員にするほどの人気ぶりだった。仏像の鑑賞にこんなに関心があるとは、ちょっと驚きだった。一方、講座の内容は、あくまで個人的な感想に過ぎないが、正直、浅薄かつ表面的で、それに耐えられず、講…

バリュー投資に関心と期待を持ったこと

たまたま「バリュー投資」という言葉を聞き、どんなことなのか興味をひかれ、色々調べて考えてみた。投資にもお金儲けにも全くと言っていいほど興味がないのだが、なぜか心が引き寄せられた。一般的な説明だとこうなる。バリュー投資とは、市場価格が企業の…

人間は年を取ると植物になる?

金剛桜 日光輪王寺先週、日光と鬼怒川温泉に行ってきた。輪王寺の金剛桜が目当てだったのだが、7分咲きくらいでほどよく、幸運に恵まれた。本来は、桜の前で静かに瞑想し、花と一体になるべきだったと思うのだが、普通の観光客のように、ただ写真を撮りまく…

富士山の大噴火について

富士山の大規模噴火に関する特別番組やニュースが増えているが、これを見ていて、思い出したことがあるので、記しておく。ひとつは、ジェームズ・ラブロックが提唱したガイア仮説。地球全体を自己調節機能を備えたひとつの生命体とみなす考え方で、ラブロッ…

お金とは巨大なパーティーの食卓?

一般的にお金とは、「社会的な信用に基づいて、価値の交換・測定・保存を可能にする仕組みである」と言われている。物々交換の不便さを解消し、すべてのモノの価値を共通の単位で表し、時間を超えて保持できるもの、というわけだ。お金は、機能であり、仕組…

花まつりに想うこと

お釈迦様は、生まれたときに七歩歩いてから「天上天下唯我独尊」とおっしゃったという伝説が残っている。今日は、‘七’という数字について考えてみた。仏教には「七覚支」という悟りの要素があるそうで、念、択法、精進、喜、軽安、定、捨というそうだ。お釈…

二つの祝辞

入学式が行われる時節に、式辞や祝辞について思ったことがあるので、残しておく。入学式の祝辞を考えていると、言葉の重さやそれが持つ責任感を特に意識してしまう。式典で地位のある人が語る言葉なので、特に目立って感じるのだと思われるが、入学式に限ら…

カバ愛

最古最大の土製カバ像が発掘された記事が新聞に載っていた。日頃よりカバを愛する者として、大変興味をそそられた。紀元前約3600年の古代エジプト、ヒエラコンポリス遺跡で発掘されたその像は、このようなものだ。 最古の土製カバ新聞では、カバのことを「当…

『ねこいぬ漫画かき』で心が溶けたこと

『ねこいぬ漫画かき』西原理恵子 新潮社ふだん、精神世界に関連した本ばかり読んでいると、上空から人間を眺めるという片寄ったクセが、気が付かないうちについていることに“ハッ”となることがある。特に今年からは、世界史の本の執筆準備で大量の歴史資料に…

ウソかマコトか、本当の話

某国の「本当国語審議会」で、先ごろ、言語創作に関する提言がなされ、それによって、「言葉を自由に創ってよろしい」という法律が、国会にて全会一致で可決された。たちまち、SNSなどで新しい言葉が氾濫し、何を言っているのかわからない混乱状況が続いてい…

ソメイヨシノの幹に見えたもの

ソメイヨシノの幹を見ていて、この木は何百年も生きているのかと思ったら、寿命は60年から80年ほどだそうだ。それを聞くと、急に親しみがわいてくる。ソメイヨシノがなんだか人の群れに見えてきたが、年齢だけのせいではないような気もする。幹の滑らか…

今だけ、サクラをうたう。

ツボミ、フクレて、ハル、キザシ。 サクラのカタチ、はな、ヒラキ。ヒカリユラいで、かぜナガレ。 イノチのメブキ、メグリゆく。ちりゆくスガタ、うつろうカタチ。 サクラのスガタ、ココロにウツル。コトバ、スガタ、カタチ、など、日本語は根源的なものを三…

本日、なんでも卒業式

学生時代は、卒業式はこんな印象だった。「嬉しいのに寂しく、解放されたのに不安で、終わったのに始まっていない。」社会に出て職についてからは、ただただ仕事に夢中で、区切りとなる出来事はいろいろあったが、気づいたら「人生の卒業式」も遠くなくなっ…

お彼岸に想うこと

お墓参りをしながら、こんなことを考えた。「死者の霊魂は実在している」と表現するとオカルト扱いされ、 「死者の霊魂は心の中でいつまでも生きている」と言うと、万人に同感される。 この違いは、どういうことなのだろうか?それは、「気持ちの持ちようの…

お彼岸の六波羅蜜について

六波羅蜜 キャラ風仏教では、彼岸の7日間は“六波羅蜜”という修行をするそうだ。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、般若の六つは、「人におしみなく与え、正しい生活をし、怒らず努力し、心を静めて真理を知る」、という徳を表す。これらを、「聖人になれ」とと…

『魂でもいいから、そばにいてー3・11後の霊体験を聞く』

『魂でもいいから、そばにいて』奥野修司 新潮社この上なく真摯なノンフィクションを読んだ。遺族の方々が語る、亡くなった霊を実感できた不思議な話がつづられている。奥野氏は、「この世を去った大切なあの人を語るときの、生き遺った人のにごりのない言葉…

十三まいりと虚空蔵―次の世界への扉

「十三まいり」は、数え年13歳を迎える子どもの通過儀礼で、知恵の菩薩「虚空蔵菩薩」へ参り、知恵や福徳祈願をする伝統行事だ。数え年の13歳は、生まれてから干支が一周するタイミングのため、人生の節目である13歳まで健康に育ったことに感謝する意味合い…

千の光になって

『千の風になって』のような歌を人智学風に表現した詩を書こうと思って奮闘したのだが、私には詩作の才能がないことが分かった。散文の箇条書きで死者の言葉を並べることはできそうなので、それを試みる。死んだ直後から、死者が体験するおおよその順番で、…