人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

おむすび、おにぎり考

おむすび

おむすびは大好きでよく食べる。最近たまたま、中沢新一氏の「おむすびの思想」というエッセイを読んで心を動かされたので、それに加えて、考えたことを記してみたい。

中沢氏は、神道のムスビの原理を「何かの事物ができあがっても、それを構成している一つ一つの小さな要素は、個体性を失ってしまうことがないようにつくられる。」とし、「ぎゅっと握り固められて、一つの大きな事物にまとめられてしまうのではなく、個物一つ一つの粒立ちが保存されるというのが、日本のむすびの原理の持つ大きな特徴となっている。このむすびの原理を、食べ物に具象化したのが、おむすびにほかならない。」と論じている。

おむすびはいつからあるのか調べてみると、古墳時代の竪穴式住居跡から握り飯と見られる炭化米の塊が弁当箱に収められた形で出土しており、1500年前から食べられていたようだ。奈良時代初期の『常陸国風土記』には、「握飯(にぎりいひ)」という文字が、記録されているそうである。

あらためておむすびとは何なのかをまじめに考えてみた。別名はもちろん、おにぎりだ。

おむすびを見ながら、考えられうる限りのこと、頭に浮かぶすべてを書き出してみよう。

まずは見た目。白い米粒が集まり三角形になっている。俵型のものもある。米の粒つぶはつぶれてはいないでひとつひとつ確認できる。ときどき光って見える。海苔でおおわれており、中には、シャケなど色々な具が入っている。陸の生命と海の生命が、一つの食べ物になっている、という見方もできそうだ。

次に、作られ方。基本的には手で握って作る。もともとはばらばらだったお米が集められ、圧力を受け、まとまり、一つの形になる。いわば、「個」が「一」になったのだが、一粒一粒が消えてしまったわけではない。ここに「むすび」の象徴性が感じられる。

おむすびの中には、何があるのか。もちろん、命の連鎖がある。種から苗、稲から米、そして飯がおむすびとなる。そこに参加していたのは、田んぼであり、太陽、雨、水、土、風、微生物、そして農夫の方々だ。

稲が太陽の光を受け、人間が米を食べる。そのエネルギーを使って人間は歩き、考え、働く。そう考えると、「おむすびの中には太陽が入っている。」という詩的表現もできそうだ。

古代の「ムスビ」は、まずは生み出す霊力として現れたようである。後世になると「ムスビ」と「結び」が接近し、縁を結ぶ、魂を結ぶという意味が広がっていった。おむすびは、米を結ぶ、人の手を結ぶ、自然と人間を結ぶ、食べる人と作る人を結ぶ、という複数の「結び」をシンプルな一つの形にしているように見えてくる。

一粒の米は、一粒のままではおむすびにはならない。しかし、おむすびになったからといって、米粒が「無」に帰したわけでもない。だから、「個を失わずに一つの全体になる。」という象徴として見ることができる。これは、「私は私である。しかし、私は孤立していない」という人間存在のあり方にも重ねられるのではないだろうか。

「精神界ではすべてが溶け合っていながら、個々の自我は保たれる」という人智学の認識のことを、おむすびを食べながら思い出してしまった。

神道的な「むすび」は、違うものを違うまま結び、その間から何かを生じさせる、という原理だと思われる。たかみむすひの神も、かみむすひの神も、ここでの「産霊(むすひ)」は、ものを単純に「作る」というより、生命を発生させ、成長させ、生成させる働きをする。「むすび」は、完成したものを固定する働きではなく、関係の中から新しいものを生じさせる働きといえる。

米はもともと一粒一粒がばらばらだが、それを手で集め、握り、一つの形に結ぶ。握った米粒は完全に同一化してしまうわけではなく、粒としての存在を保ちながら、一つのおむすびになる。多くの粒、個が一つになるが、個であることを失わない。

「個」と「一」の間に、「新しいもの」は見いだせるのだろうか。これは大変難しい問いだ。

おむすびから立ち上ってくる古代の香りをかぎながら、考えていこうと思う。

狩猟採集民に人間社会の理想的未来像を見た

「冒険家 コンゴを行く 〜森の先住民の村で〜」

Eテレの地球ドラマチックで「冒険家 コンゴを行く 〜森の先住民の村で〜」という番組を見た。その広報文はこうだ。

豊かな自然と活気に溢れたアフリカ中部の国、コンゴ共和国。イギリス人冒険家のベン・フォーグルが、森の奥深くに住む“ムベンジェレ族”という少数民族の村を訪ねる。それは、森の中を移動しながら狩猟採集生活を送る100人ほどのコミュニティ。共に寝泊りをし、一緒に狩りに出かけ、宴に参加する中で、人にとって“大切なもの”とは何かが少しずつ浮き彫りになっていく。

45分ほどの映像の中でも、特別に、また強烈に目に焼き付いた場面がひとつある。

それは、冒険家のベンがムベンジェレ族の「村」に到着した時の異様な歓迎ぶりの映像だ。世界の先住民族の住んでいるところに西洋人が訪れて、大変な歓迎を受ける映像は、これまでに何度も放映されている。共通しているのは、笑顔と踊りだ。最初は、そのような映像がまた流れるのかと平静に見ていたが、ムベンジェレ族の人たちは違っていた。

初対面なのに、狂ったような喜びと叫び、内臓が飛び出すかのような激しい踊り、それも十人やそこらではない。ベンを取り囲み、ぴったり寄り添っていたのは、大人と子供、若者と老人、男と女、数十人だ。

尋常でないこの歓迎ぶりに、しばらく唖然としてしまった。“熱烈”という言葉ではまったく足りない。“無心の親切や厚いもてなし”でも全然およばない。この歓迎を表せる言葉は恐らくない。

外から来た人なのに、なぜこれほどまでに歓迎できるのだろうか?

ムベンジェレ族の人たちは「あなたはだれか?」よりも「あなたがここに現れた」ことそれ自体を大切にしているように思えてくる。

このシーンを見ていると、まるで最愛の人と数十年ぶりに再会したようにしか見えない。たとえば、生き別れた肉親のように。出会う前から何らかの関係を持っていたのではないか、という気にもさせられる。

こんな問いが湧いてきた。

「他人とは、本当に他人なのだろうか。」という疑問だ。

ムベンジェレ族の人たちは、人間関係の感覚そのものがわれわれとは違うのかもしれない。きっと彼らには、「赤の他人」という言葉も、概念すらも無いように思われる。人間を孤立した個体として経験していないからだろうか。

現代社会では、人は始めに「他人」として扱い、次にそこから「仲良くなる」。逆に、「人間は本来つながっている」と直感し、出会った人もまず「すでにつながっている人」として迎える、という社会だったなら、あの異常なほどの歓迎ぶりが、むしろ自然に見えてくる。

そう考えると、人間は本当はこういうふうに人を迎えることができるのではないか、という思いが起きてくる。それはこの世もそのようになってほしいという願いでもある。

「最愛の人との数十年ぶりの再会」という感覚を、この世の人間関係に置き換えるなら、「知らない人だから警戒する」から「まだ出会っていない真の仲間かもしれない」、というように言い換えられるかもしれない。それだけでも、世界の見え方は変わるのではないだろうか。

故郷の替え歌 通し版

うさぎ追いし かの山
小鮒つりし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷

昔恋し あのまま
そんなくにに 帰らば
胸はしかと 芽吹いて
明日へ咲かし ゆく跡


如何にいます父母
恙なしや友がき
雨に風につけても
思いいずる故郷

今に癒すちちかか
睦まじいや友達
晴れに畦に失せても
今宵見ゆる古顔


こころざしをはたして
いつの日にか帰らん
山はあおき故郷
水は清き故郷

喜ばしと咲かして
菊の日にか映えらん
朝は香りよい里
夜はいろりする里

「闇堕ち」という言葉を初めて耳にしたこと

鉄道会社の仕事を紹介するテレビで、あまりに理不尽で無茶なことを要求するお客さんが続いたことに対した職員の言葉。

「いっとき、闇堕ちしてしまうことがあります。」 (「闇落ち」かもしれない)

初耳だったので、調べてみると、「善良な人物が、あるときを堺に道を踏み外し、悪いことを行う側に行ってしまうこと」とか、「善良で心優しい人物が、ある契機を境に醜悪・残酷・非人間的・悪魔的な要素を志向するようになる様子」などと書かれている。

ダースベイダーをはじめとして、日本のアニメで使われる用語のようだ。

私自身の経験でも、深夜残業が続いて体がかなり疲れた時、その瞬間が訪れたことを覚えている。

「闇堕ち」の状態を人智学で解くとどのようなことがいえるだろうか。

人智学では、「人間の自我が自由を獲得する途中で、ある一方向に偏り、自分自身を見失っていく過程」として捉えられている。単純に「悪人になる」という理解ではない。自我が“しっかり”していれば、欲望や恐怖、怒りが起きた時、自我がそれを受け止め、自分で判断する、というプロセスを持つ。

闇堕ちの状態とは、色々なマイナス感情に自我がいわば「飲み込まれ」、自由を失った状態とみなされる。

たとえば、怒っている自分を「こんな自分は認められない」として押し込める。そうするとその圧力で、もともとあった自分の影の部分が外に出てきて、「あいつが悪い」「社会が悪い」「世界が自分を迫害している」と思うようになる。

この考え方だけだと、ユング心理学のシャドーと同様の見方になるが、人智学では、独自の観点がある。

「私は私だ」と「私の欲望が私だ」「私の怒りが私だ」「私の思想が私だ」とは、区別される。「私」は統合された自我をさす。非常に疲れた時などは、自我が言わば「分解してくる」というように見る。

自我が特定の何かに固着され続けてしまうと、そこから「闇堕ち」が始まる、とみている。特定の何かとは、感情だったり意志だったり思考だったりするが、いずれも、とても狭いものとなっている。

ただ、「闇堕ち」は、実は「自我の誕生」と裏表関係にある、というのが人智学の独特の考え方だ。自我は、闇の要素をたくさん持っている、といったほうがわかりやすいかもしれない。それらの「闇」がバランスよく存在しているとき、自我は正しい発展をすることができる。闇をなくすことなどできない。

闇堕ちの反対は「善人になる」ではない。反対は、「自分の諸処の闇を意識化して均衡をとり、自我の自由の中に取り戻す」ということだ。

こんな経験が私にはある。

人の悪口を聞いて、「そんなことを言うものではない」と思った。それなのに、話の続きを聞きたくなった。

こうしたことを、すぐに「悪」と呼ぶ必要はない。むしろ大切なのは、自分の中に、自分でも気づいていない動機があると知ることだと思われる。

人にはどうやら、光だけでは説明できないものがあるようだ。

敬老の日をモジル

この日は法律で、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日とされている一方、老人を社会にはもう不要なものとし、排斥したいと内心では思っている人もいるかもしれない。

「敬老の日」という音をもじって、別の言葉を考えてみたので、ご披露することにした。

【啓蒙の日】
老人を「敬う対象」として見るのではなく、「教え・気づき」の機会として捉えてみた。老いから何を学べるのか?という観点。老いた本人にも若い人にも当てはめられるかも。

【迷走の日】
老いてもなお、迷いながら生きることだと捉える。私自身の本心。この年になってもまだ、道を探しながら歩いている。

【迷妄の日】
「老い=賢者」という固定観念をふっとばす。自分では正しいと思っているが、実は思い込みに囚われているのかもしれない。「年長者だから何でも分かっている」等々。

【冷酷の日】
「高齢者だから敬わなければならない」と決めた瞬間、その人を一人の人間として見なくなってはいないか。

【栄光の日】
高齢期を「人生の栄光」としてもう一度捉え直す。生きてきた年月を讃えることはあっていい。

こう考えてくると、一つの問いが浮かんでくる。

「老人とは誰なのか?」

もうひとつ、もじっておく。

【啓老の日】

老いの意味をじっくり啓いていくことにしたい。

結婚は二択の質問でわかるのか?

国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査の中の、未婚者の結婚に対する考え方についての概要が報道されていますが、その一部に疑問があったので、記します。

その骨子は、
「結婚に利点があると考える割合は、男性は6割台から5割台に、女性は7割から6割台に減少。」というもので、「結婚そのものに利点を見いだせておらず、意欲が低下傾向にあることが浮き彫りとなった。」と報告されています。

その理由を探ることは大変意義のあることだと思われますが、その前に、疑問がありました。それは、質問の仕方です。質問用紙はこのようになっています。

質問用紙 結婚の利点

「結婚の利点は何か?」という問いの立て方自体、つまり「利点」という言葉を使っていることが問題点です。

「結婚の利点は何か?」という問いは、一見もっともらしく聞こえますし、ごく普通の問い方のようです。

ただ、これをよく考えてみると、あらかじめ結婚を「利益を得るための制度」として見る視点を埋め込んでいるように思えます。さらに突っ込めば、結婚は利益のための手段なのか?というところまでいきます。

この質問を言い換えると、「結婚をすることによって、自分にどんな得があるのか?」と聞いているようにみえます。本来の結婚は、「何を得るか」ではなく、「誰とどんな関係を築くか」という問いのように思っていたのですが、間違っているのでしょうか?

この質問は、利点があるなら結婚する、利点がないなら結婚しない、という損得計算へ誘導しているような気もするのですが、短慮でしょうか。

人生には、やってみなければ価値がわからないものばかりといえます。「それによって何が得られるの?」と聞いてから始めるものではないと思います。結婚ももちろん例外ではありません。誰かを愛することに、どんな利点があるのか?と聞かれたら、変な感じがしますよね?「愛することで何が得られるか」ではなく、愛すること自体に意味があるのではないかと思うからです。結婚も同じですよね?

「結婚の利点は何か?」という問いは、経験する前に、その経験の価値を判定しようとしているとも読めます。情報を集め、比較・評価し、「自分にとって得か損か」を判断してから経験する。そのような現代社会のシステム的な考えを人間の、いわば魂の経験というドラマにそのまま適用しているようにさえ思えます。

質問をたとえば、このように変えたらどうでしょうか?

結婚すると、何が生まれると思うか?
結婚すると、私はどう変わるか?
人は、なぜ誰かと人生を結びたいのか?

これは、「損得で人生を選ぶ」という現代的な発想そのものへの問いかけでもあります。

ふーん現象

最近の自然現象をいくつか振り返ってみると、台風が日本の中央部を東から西へ横断したこと、線状降水帯の発生が急増していること、氷河が激しく崩壊したこと、山林火災が増えていることなどがあげられる。これはもちろん、ほんの一部に過ぎない。

これらはすべて、異常とか異変とか、狂っているなどの普通の言葉では、表現しきれないくらい強烈極まりない現象だ。地球温暖化との関連性も指摘されている。

このような現象が大問題であることに異論はないが、ある見方からするとそれ以上に問題があることがありそうなので、記してみたい。

我々は、直接体験しない場合は、主にニュースでこれらのことを知る。このような尋常でない情報をニュースで受け取った時の人間の受け取り方。それに問題が起き始めているような気がする。意識の持ち方が変わってきていると言ってもいいかもしれない。

「ふーん現象」という言葉を聞かれたことはあるだろうか?

気象用語のフェーン現象をもじった言葉と思われるが、SF作家の星新一のショートショート短編集『おかしな先祖』に収録された作品名で、「小説現代」の1972年2月号に初めて掲載された。45年近く前のものだ。

この作品では、どんな重大ニュースを聞いても「ふーん」としか反応しない人々が増え、医師たちは刺激的なニュースを次々に与えて治そうとする。しかし効果がない。ところが、ニュースそのものを流さなくなると、患者たちは逆に不安になり、「ニュースを流してくれ」と要求し始める。

これは単純に考えると、「情報過多や刺激過多になると人はやがてだんだん無関心になっていき、人間の感受性や関心が麻痺していく」と読めるし、毎日大量のセンセーショナルなニュースを浴び続けると、人間の心は自己防衛のために感情を動かさなくなり、「またか」と受け流すうちに、他者への共感力や危機感までもが薄れてしまう、ことへの警告とも読める。

ネットやSNSで毎日大量のニュースが消費されては忘れ去られていく現代のデジタル社会を正確に予言している作品といえるが、果たしてそれだけのものだろうか?

作品の中の患者たちは、大事件が起きても、「ふーん」としか言わない。ところが、ニュースがないと「どうしたんだ?」となる。つまり彼らは、本当に世界に関心がなくなったわけではなく、世界との「つながり方」が壊れている、と言えなくもない。

例えば、戦争の悲惨な状況とSNSの炎上が、全部同じ平面に並んで出てくるとき、自分の内側では「ふーん」と処理されてしまうような面があるような気もする。「情報の重大さと、心が感じる重大さが分離してしまっている」とでもいえるだろうか。

患者たちはニュースに無関心になったのに、ニュースがなくなると不安になる。これはきっと、「情報はいらない」のではなく、「情報がないことに耐えられない」という状態だ。ここが、現代のスマートフォンやSNSとよく似ている。

スマホを見て「別にたいしたことはないな」と思いながら、また見る。そして「何も来ていない」と不安になる。情報そのものに興味があるのではなく、「世界と接続している」という感覚を求めている。「ふーん現象」の核心はそんなところにあるのではないだろうか。

言い方を変えれば、「関心を失ったまま関心を求める」という奇妙な状態ともいえる。「情報が自分の経験にならない」ともいえるかもしれない。

作品では、「ふーん現象」を治すために、もっと刺激的なニュースを与えても治らなかった。つまり、刺激を強くすれば人間の魂が目覚めるわけではない。必要なのは、もっと強烈な情報ではなく、「これは私にとって何なのか?」という問いなのだと思う。

「ふーん」などと思わず、「なぜ?」と思う人ももちろんいるに違いない。

人智学的な読解をすると、「ふーん現象」とは、世界からの印象が、自我の内的活動へと変換されなくなる現象と読むことができる。簡単に言うと、「自分にできることは何か」ということだが、すぐに「できることは非常に限られている」という意識が働き、行動までにはなかなか結び付かない。

人は、自分との関係が見えないことに関心を持ちにくい。氷河が崩落して数千人が亡くなったことと、私との関係は?と言われても多くの人が困るだろう。遠い国の戦争や百年前の誰かの人生もまた、自分の日常生活には直接影響しない。

「それで、私に何の関係があるの?」とどうしても思ってしまう。ある意味では生存のための自然な仕組みなのかもしれない。

「自分と関係のないことに関心を少しでも持てる能力」は、人間の進化の中でいつ、どのように生まれたのか?

このような問いを今後考えていきたいと思う。

「秘仏」と郷ひろみの歌

空海と真言の名宝
<東京国立博物館で「空海と真言の名宝」展に行ってきた。開館30分前に行ったのだが、館外の道路に数百メートルの行列ができていた。

広報のコピーはこのようなものだ。すっかり誘われてしまった。

『空海ゆかりの名宝、密教美術の精華、密教図像の世界、後七日御修法の世界、真言宗各派の名宝、真言宗各派の彫刻と秘仏。見どころは満載です。八十八件の名宝を通じ、空海と真言密教、そして弘法大師信仰の歴史と広がりをご体感ください。』

やっと会場に入ると、多くの仏像や仏画に圧倒されたが、来場されているシニアパワーにも押されまくった。静かに瞑想しながら拝観できる雰囲気ではなく、サーッとみて帰ってきた。

今回の拝観で疑問に思ったことがひとつある。それは、

なぜ、「秘仏は秘するのか?」という問いだ。これには逆に、「なぜ公開するのか?」という問いも含まれている。

秘したり秘さなかったりする背景には、“聖なるものは、見せることによって価値が増すのではなく、見えないことによって現前する”という感覚があるのかもしれない。

実際の秘仏には、霊験への畏敬、文化財としての像の保存、儀礼上の理由など、さまざまな事情があるのだろうとは思う。そのようなことは、常識でわかるのだが、「秘する」ということの深い意味が別のところにあるような気がしてならない。

そのヒントは、宗教哲学の奥深い考察の中にではなく、郷ひろみの「よろしく哀愁」の中の歌詞にある。こんな部分だ。

会えない時間が愛 育てるのさ
目をつぶれば 君がいる

秘仏はきっと、「あなたは、目でじかに見なくても仏の心を感じられるか」と問いかけている。これは、遠く離れた恋人を思う気持ちと全く同じではないか!
離れているときのほうが思いがつのる、という経験はだれしもあるに違いない。たまに会えた時の魂の震えを思い出してみれば、よくわかる。

厨子の扉は閉じている。しかし、その奥に仏がいる。つまり、「見えないものを信じる」というよりも、「見えないものとの関係を強める」といえるのかもしれない。

恋人を観賞しよう、とは思わないように、仏像という光景は「心の中にもう一つの生きた仏像をつくるための手段」だともいえる。一人ひとりの内面に仏を生み出す装置でもある。

日本文化には、聖なるものは完全に可視化されてはいけない、という暗黙があった。完全に見えてしまった瞬間、それは「対象」になってしまうからだ。秘することは、聖なるものを人間の所有感覚から守る働きも持つようにも思える。見えないからこそ、私たちは自分の内側に仏を探し始める。

秘仏は、永遠に見せないわけでもなく、一定の期間だけ、扉が開く。そうすると「見る」という行為が、日常ではなく特別な「出来事」になる。「見ること」を稀にすることで、見ることの意味を回復する、とでもいうのだろうか。

私の中に秘仏の心象はしっかり残っただろうか。

「津久井やまゆり園」事件、再考

この事件が起きて10年になる。まずは、1年前にこのブログで書いたことを振り返ってみると、こんなことを書いていた。

障害者を憎んだり、その存在を否定したりする人間がなぜ生まれたのか、という問いから始めていて、事件の奥にある本質を考えようとした。そして、「生産性がない命は不要」と考えるのは今の社会自体に内包されているのではないか、「経済価値」や「能力主義」で人間を測る社会の、極端にして暴力的な帰結と言えないだろうか?などと書き、「役に立つか否か」だけで他人や自分を判断する一種の病理を指摘し、犯罪者の糾弾よりも、誰の心にもある「闇」に注目しようとした。

この事件の究明は、様々な視点から行われてきた。犯罪者への面接と分析、関連する社会背景、実存的な観点、深層心理学からのアプローチなど多くのものがあるが、結局は「わからない闇の世界」につながっているような印象を受ける。

この事件を「わかる」ことは、ひょっとすると人類の存在と関係そのものを「わかる」ことなのかもしれない。それは到底答えられないもののように思うが、ひとつだけ、こんな問いを立ててみたらどうだろうかと思った。

「人間は生きているだけで価値がある」 のか?

もし、生きているだけで価値がある、と多くの人が納得できれば、それはほんの少し考えを進められるかもしれない。

普通、人は、働いて他人や社会に貢献できた時、価値があるとされる。仕事ができるとかお金を稼ぐとか才能がある、などもそうだ。これを逆に言えば、病気の人、障害のある人、老いた人、失業した人、何も生み出せない人は比較上、「価値が低い」ということになる。

「生きているだけで価値がある」という考えは、これを根本から逆転する。人間は、何かをするから価値があるのではなく、存在していることそのものが、すでに価値なのだ、という、この見方をどう思うだろうか。

すぐには、納得できないのではなかろうか。極端な言い方をすれば、息をして食べて寝て排泄するだけだとすると、それになんの「価値」があるというのだろう。

ここでいったん理論から離れて、個人的な経験をふりかえることにする。

私の兄は、重度の認知症だ。ヘルパーさんに日常生活のほとんどすべてをやってもらっている。何事にも助けが必要になっている。最近はかなり進み、ただボーっとしている。時々訪ねて行って話しかけるのだが、あまり反応はない。元気だった若いころの兄との関係を思い出すと、胸が締め付けられるような気持になる。

だが、考えてみると、このような日常生活の中に重要なヒントがあるような気がする。

ひとつは、「ヘルパーさんが働いている」ということ。2つ目は、私が「胸が締め付けられる」経験をするということ、だ。

兄という存在が、ヘルパーさんの仕事を生んでいる、という見方を一度深くとらえてみて、逆の言い方をすれば、兄はヘルパーさんに仕事を「与えている」ともいえる。これは、立派な「価値」ではないか!兄の「存在は贈与」だともいえる。

もっと発展的に考えれば、ただ寝ているように見える人は、自分では何も「生産」していないように見えても、その存在によって、介護する人の仕事が生まれ、医療や福祉の専門職が関わり、社会が制度を改善し、介護技術が進化する、など、無数の社会的な活動を引き起こしていく。重度の障害者は「労働を生み出す人」というより、他者の中に「世話をする」「支える」「愛する」「責任を引き受ける」という人間的な力を呼び起こす存在とも言えるのではないだろうか。

二つ目は、「胸が締め付けられる経験」だが、兄が認知症にならなければ、こんな経験はしないで済んだ、と考えてもいいが、「悲痛に耐える練習をさせてもらえた」、とも考えることができる。このような耐久力は、ときに人生には必要だ。兄は、そのレッスンの教師のようなものと思うことはできそうな気がする。そんな風に思えば、兄は「仕事」をしているではないか。

「役に立つから愛される」のではなく、「存在するから、誰かが応答する」という関係。ここに、とても重要な人間関係学があるようにおもえる。さらに深く言えば、寝たきりの人が「何もしていない」というのも、本当は正確ではない。「生きている」という一つの事実によって、周囲の人間に問いを投げかけ続けている。それは、「弱い」人間からの問いだが、元気で強い人間には、決してできない問いのような気がする。

酷暑の夏の旅幻想、いち日

歌川 広重 称名の晩鐘

神奈川県の金沢文庫で「いわきの古刹」展をはじめに、周辺を一日歩いてきた。今の風景から金沢八景の遠い面影を偲ぶことは叶わず、広重の絵から想像してみる。行く先々で考えたことがあるので、残しておきたい。

【金沢文庫】

文殊菩薩

「いわきの古刹 長福寺と薬王寺」展を見た。チラシに載っている文殊菩薩を拝観しながら、少し思う。文殊菩薩は、右手に智慧の剣、左手に般若経を載せた蓮華を持ち、獅子に乗る姿が一般的だ。文殊菩薩の智慧とは、頭がものすごく良いとか知識をたくさん持っていること、ではきっとない。もしそうなら「AI菩薩」になってしまう。

人智学では、死んだ知恵と生きた智慧を区別する。仏教では執着や迷いを断つ智慧を授けて修行者を導く存在が文殊菩薩だが、この智慧とはもちろん、生きているものだ。それは、体験を通して獲得されるものであり、人との出会いの中で深まり、状況に応じて変わる。それになんといっても愛や倫理と結びついている。文殊様の表情を見ていると、気の遠くなるような長い年月の経験の裏打ちが見えてくるような気がした。

【称名寺】
金沢文庫とトンネルでつながっている称名寺に向かった。刺すような日差しの暑さが、ほんの一瞬だけおさまる。両側の壁に広重の金沢八景がかかっていた。

トンネル

トンネルを抜けるとそこは京都であった、みたいな印象だ。こんな素晴らしい伽藍・名刹が近郊にあったとは驚きだ。朱塗りの赤門から入りなおす。

称名寺

称名寺は金沢北条氏一門の菩提寺で、赤門をくぐると桜並木の参道が続き、突き当りには仁王門がある。鎌倉時代に造られた大きな仁王像が出迎えてくれた。境内は阿字ヶ池を中心に浄土庭園が広がっており、金堂・釈迦堂・鐘楼が、何と言おうか、あるべき場所に自然にたたずんでいる。見事な調和だ。ちょっぴり奈良にいったような静かな気分にもなる。

仁王様を仰ぎながらこんなことを思った。

仁王像

「仁王様は、邪悪な心や高慢・貪欲・怒りなどを門の前で断ち切るよう促している」、と仏教では言われる。心の奥底にそのどれをもしっかり持っていて、なお消し去ることのできていない私は、この門をくぐってもいいのだろうか。

と思いつつ、仁王様のことをもう少し考えた。

門とは、「俗世」から「仏の世界」への境界だ。人智学では、人間が霊的世界へ近づく際には、知識ではなく魂の浄化と意志の強さが必要だと繰り返し述べている。その観点から見ると、仁王様は邪悪を追い返す存在というより、阿形の「前へ進もうとする勇気と意志」と、吽形の「自己を制御し静める内的な力」という二つの力によって、霊的な「門」を守る象徴として理解することもできるかもしれない。

門をくぐるとは、「古い自己を門前に置き、新しい自己として他者と出会う」という内面的な転換を意味する、とも解釈できる。その意味で、仁王様は「恐怖を与える存在」ではなく、「魂の成熟を求める存在」として理解することにして、とりあえず、未熟のままくぐってしまった。

【きのこ】

きのこ

称名寺を拝観した後、赤門を出ようとする参道にこんな姿の木を見かけた。キノコがたくさん生えている。この風情にちょっと感じたものがあったので、書いておきたい。

一瞬、この白いキノコを、木に寄生してその生命力を吸い散っている寄生生物のように感じたのだが、もちろんキノコは悪者ではない。生命が終わりを迎えた木を新たな生命循環へ戻す働きもある。ただ、この木を見ると、寄生されたから枯れたのか、人為的に切った木にその後生えたのかは、わからない。

キノコは、一般に宿主をすぐには殺さず、できるだけ長く共存するように進化しているのだそうだ。この木に意識があったとしたら、どんな思いでいるのだろう、という疑問を持ってしまった。

【ペンギン】

称名寺から15分ほど歩いて、モノレールを一駅乗り、八景島シーパラダイスへ。早速水族館に入る。そこで見とれてしまったペンギンがこれだ。

ペンギン

一見何の変哲もない、ガラス越しのペンギンのように見えるかもしれない。だが、このペンギンは、壁に向かって全く動かない。もちろん、生きている。30分ほど他を見てまた近寄ったら、まだ全く同じ姿勢でいた。そのうち、飼育員さんが餌をやり始め、ほかの20匹ほどのペンギンが群れ集まっているのに目もくれない。

これはどうしたことだろうと思ったのだが、理由を詮索してもしようがない。このペンギンの姿を見て私は「瞑想する哲学者か修行者」のように見えてしまった。あるいは、面壁する座禅僧だろうか。私の中の何かが投影されているのかもしれない。

【メリーゴーランド】

メリーゴーランド

イルカのショーも見終わり、帰りがけにメリーゴーランドの横を通った。もう、夕方だが、お客さんは一人もいない。まわりは、うだるような暑さで、風もなく、空気は重い。

メリーゴーランドには華やかなイメージがあり、本来子どもたちの笑い声や音楽とともに回るもの。だれも乗っていない夕暮れのなかの映像に、不思議な感じをもった。「楽しさの不在」とでもいうのだろうか。「楽しさのために作られたものが、楽しさを失ってそこにある」という一種の寂しさか。

だが、たくさんの楽しさの記憶は回っているような空想もはたらく。ここの木馬と天使は、そこへ乗った多くの子の記憶を静かに抱きつつ、つぎの誰かを待っているようにも見えた。

虹と畏れと勇気と人と

虹と恐れと勇気

7月16日は、“なないろ”という語呂合わせで、虹の日だそうである。デザイナーの山内康弘氏が制定し、「人と人、人と自然、世代と世代が七色の虹のように結びつく日」とのことだ。

虹は、自然科学では「太陽光が雨粒の中で屈折・反射・分散することによって生じる光学現象」のように説明され、物理現象としては大変正確なものだ。太陽と雨粒と観察者の、三者の位置関係で初めて成立する現象であることもよくわかっている。

ここでは、人智学が虹をどのようにとらえていたのかを振り返ってみたい。

出発点はゲーテの色彩論だ。ゲーテはニュートンのように光が分解されるとは考えず、光と闇の境界で色彩は生まれる、と考えた。シュタイナーはこれを発展させて、虹を物理現象としてではなく、人間と宇宙が出会う現象として見る姿勢を重視した。

思い起こしてみると、北欧神話や聖書や古事記などでも、虹は、神と人、そしてあの世とこの世を結ぶ橋として語られてきた。人智学でも虹は物質界と霊界の間をつなぐ象徴として読んでいる。赤は生命力や外への意志としてとらえられ、青は精神や無限への憧れを象徴する。

驚くべきことに、シュタイナーは次のように語っている。要約すると、

「ある地域で人間が考えた思考は、虹の橋を通って霊界へ運ばれ、霊的存在たちによって吸収される。虹は光の現象であるだけではなく、人間の思考を霊界へ運ぶ媒介でもある。」

これは、虹は、地上の人間と天界の存在との間の一種の「門」のようなもの、とも言い換えられそうだ。その門は、広大な宇宙に向かって開かれている。人間の思考は閉じた脳内の出来事ではないようだ。

もうひとつ、シュタイナーはこんなことも言っていた。とても印象に残っていたフレーズだ。

「虹全体は、霊的なものが流れ出て、また消え入る様子を示している。それはまるで霊的なワルツのようである。そして、これらの霊的存在は、赤・黄の領域から現れるときには大きな恐れをもって現れ、青・紫の領域へ入っていくときには征服されることのない勇気をもって入っていく。」

虹のもつロマンティックなイメージとは、まったくかけ離れているこの、「恐れと勇気」という描写は、ちょっと衝撃的な感じがある。赤・黄を見ると「恐れ」が流れ出ているように感じられ、青・紫を見ると「勇気」が満ちているように感じられる、というのだが、なかなか想像が追いつかない。

色彩論からすると、「赤・黄は光が闇へ向かう動きなので、外へ現れる力でもある。だから、未知へ踏み出す畏れを伴う。」という風に解釈すればいいのだろうか。もう一方は、「青・紫は闇が光へ向かう動きなので、精神世界へ沈潜する勇気が必要になる。」という理解だ。

シュタイナーの色彩論では、虹は色の帯ではなく、霊的存在が「恐れ」と「勇気」という宇宙的感情を経験しながら活動する場として描かれている。この場合、「恐れ」という字より、「畏れ」の方が近いかもしれない。

新しい世界へ踏み出すとき、人は必ず畏れと勇気を同時に経験しているように思われる。就職のときの面接、結婚、子どもの誕生、大切な人との別れ、などなど。思い出してみると、確かにその両方の感情があった。いつも、勇気より畏れのほうがまさっていたような気もするが。

虹を見れば美しいと感じる。ただ波長が分かれているだけなら、感動は生まれないはず。ゲーテやシュタイナーは、虹の色彩には人間の心に直接響く客観的な性格があり、その背後には畏れや勇気のような宇宙的な感情が働いていると考えた。これはもちろん自然科学が証明した事実ではない。だが、人間の色彩体験を深く考えた一つの世界観として味わうことはできるのではないだろうか。

人間は人生の大切な節目で、必ず畏れと勇気を経験する。この二つは、心情を越えて、宇宙そのものにも流れている力だと想像してみても、なにも害も損もないだろう。

こんどどこかでまた、虹を目にすることがあったら、その虹の向こうをよく見てみようかと思う。