人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

「津久井やまゆり園」事件、再考

この事件が起きて10年になる。まずは、1年前にこのブログで書いたことを振り返ってみると、こんなことを書いていた。

障害者を憎んだり、その存在を否定したりする人間がなぜ生まれたのか、という問いから始めていて、事件の奥にある本質を考えようとした。そして、「生産性がない命は不要」と考えるのは今の社会自体に内包されているのではないか、「経済価値」や「能力主義」で人間を測る社会の、極端にして暴力的な帰結と言えないだろうか?などと書き、「役に立つか否か」だけで他人や自分を判断する一種の病理を指摘し、犯罪者の糾弾よりも、誰の心にもある「闇」に注目しようとした。

この事件の究明は、様々な視点から行われてきた。犯罪者への面接と分析、関連する社会背景、実存的な観点、深層心理学からのアプローチなど多くのものがあるが、結局は「わからない闇の世界」につながっているような印象を受ける。

この事件を「わかる」ことは、ひょっとすると人類の存在と関係そのものを「わかる」ことなのかもしれない。それは到底答えられないもののように思うが、ひとつだけ、こんな問いを立ててみたらどうだろうかと思った。

「人間は生きているだけで価値がある」 のか?

もし、生きているだけで価値がある、と多くの人が納得できれば、それはほんの少し考えを進められるかもしれない。

普通、人は、働いて他人や社会に貢献できた時、価値があるとされる。仕事ができるとかお金を稼ぐとか才能がある、などもそうだ。これを逆に言えば、病気の人、障害のある人、老いた人、失業した人、何も生み出せない人は比較上、「価値が低い」ということになる。

「生きているだけで価値がある」という考えは、これを根本から逆転する。人間は、何かをするから価値があるのではなく、存在していることそのものが、すでに価値なのだ、という、この見方をどう思うだろうか。

すぐには、納得できないのではなかろうか。極端な言い方をすれば、息をして食べて寝て排泄するだけだとすると、それになんの「価値」があるというのだろう。

ここでいったん理論から離れて、個人的な経験をふりかえることにする。

私の兄は、重度の認知症だ。ヘルパーさんに日常生活のほとんどすべてをやってもらっている。何事にも助けが必要になっている。最近はかなり進み、ただボーっとしている。時々訪ねて行って話しかけるのだが、あまり反応はない。元気だった若いころの兄との関係を思い出すと、胸が締め付けられるような気持になる。

だが、考えてみると、このような日常生活の中に重要なヒントがあるような気がする。

ひとつは、「ヘルパーさんが働いている」ということ。2つ目は、私が「胸が締め付けられる」経験をするということ、だ。

兄という存在が、ヘルパーさんの仕事を生んでいる、という見方を一度深くとらえてみて、逆の言い方をすれば、兄はヘルパーさんに仕事を「与えている」ともいえる。これは、立派な「価値」ではないか!兄の「存在は贈与」だともいえる。

もっと発展的に考えれば、ただ寝ているように見える人は、自分では何も「生産」していないように見えても、その存在によって、介護する人の仕事が生まれ、医療や福祉の専門職が関わり、社会が制度を改善し、介護技術が進化する、など、無数の社会的な活動を引き起こしていく。重度の障害者は「労働を生み出す人」というより、他者の中に「世話をする」「支える」「愛する」「責任を引き受ける」という人間的な力を呼び起こす存在とも言えるのではないだろうか。

二つ目は、「胸が締め付けられる経験」だが、兄が認知症にならなければ、こんな経験はしないで済んだ、と考えてもいいが、「悲痛に耐える練習をさせてもらえた」、とも考えることができる。このような耐久力は、ときに人生には必要だ。兄は、そのレッスンの教師のようなものと思うことはできそうな気がする。そんな風に思えば、兄は「仕事」をしているではないか。

「役に立つから愛される」のではなく、「存在するから、誰かが応答する」という関係。ここに、とても重要な人間関係学があるようにおもえる。さらに深く言えば、寝たきりの人が「何もしていない」というのも、本当は正確ではない。「生きている」という一つの事実によって、周囲の人間に問いを投げかけ続けている。それは、「弱い」人間からの問いだが、元気で強い人間には、決してできない問いのような気がする。

酷暑の夏の旅幻想、いち日

歌川 広重 称名の晩鐘

神奈川県の金沢文庫で「いわきの古刹」展をはじめに、周辺を一日歩いてきた。今の風景から金沢八景の遠い面影を偲ぶことは叶わず、広重の絵から想像してみる。行く先々で考えたことがあるので、残しておきたい。

【金沢文庫】

文殊菩薩

「いわきの古刹 長福寺と薬王寺」展を見た。チラシに載っている文殊菩薩を拝観しながら、少し思う。文殊菩薩は、右手に智慧の剣、左手に般若経を載せた蓮華を持ち、獅子に乗る姿が一般的だ。文殊菩薩の智慧とは、頭がものすごく良いとか知識をたくさん持っていること、ではきっとない。もしそうなら「AI菩薩」になってしまう。

人智学では、死んだ知恵と生きた智慧を区別する。仏教では執着や迷いを断つ智慧を授けて修行者を導く存在が文殊菩薩だが、この智慧とはもちろん、生きているものだ。それは、体験を通して獲得されるものであり、人との出会いの中で深まり、状況に応じて変わる。それになんといっても愛や倫理と結びついている。文殊様の表情を見ていると、気の遠くなるような長い年月の経験の裏打ちが見えてくるような気がした。

【称名寺】
金沢文庫とトンネルでつながっている称名寺に向かった。刺すような日差しの暑さが、ほんの一瞬だけおさまる。両側の壁に広重の金沢八景がかかっていた。

トンネル

トンネルを抜けるとそこは京都であった、みたいな印象だ。こんな素晴らしい伽藍・名刹が近郊にあったとは驚きだ。朱塗りの赤門から入りなおす。

称名寺

称名寺は金沢北条氏一門の菩提寺で、赤門をくぐると桜並木の参道が続き、突き当りには仁王門がある。鎌倉時代に造られた大きな仁王像が出迎えてくれた。境内は阿字ヶ池を中心に浄土庭園が広がっており、金堂・釈迦堂・鐘楼が、何と言おうか、あるべき場所に自然にたたずんでいる。見事な調和だ。ちょっぴり奈良にいったような静かな気分にもなる。

仁王様を仰ぎながらこんなことを思った。

仁王像

「仁王様は、邪悪な心や高慢・貪欲・怒りなどを門の前で断ち切るよう促している」、と仏教では言われる。心の奥底にそのどれをもしっかり持っていて、なお消し去ることのできていない私は、この門をくぐってもいいのだろうか。

と思いつつ、仁王様のことをもう少し考えた。

門とは、「俗世」から「仏の世界」への境界だ。人智学では、人間が霊的世界へ近づく際には、知識ではなく魂の浄化と意志の強さが必要だと繰り返し述べている。その観点から見ると、仁王様は邪悪を追い返す存在というより、阿形の「前へ進もうとする勇気と意志」と、吽形の「自己を制御し静める内的な力」という二つの力によって、霊的な「門」を守る象徴として理解することもできるかもしれない。

門をくぐるとは、「古い自己を門前に置き、新しい自己として他者と出会う」という内面的な転換を意味する、とも解釈できる。その意味で、仁王様は「恐怖を与える存在」ではなく、「魂の成熟を求める存在」として理解することにして、とりあえず、未熟のままくぐってしまった。

【きのこ】

きのこ

称名寺を拝観した後、赤門を出ようとする参道にこんな姿の木を見かけた。キノコがたくさん生えている。この風情にちょっと感じたものがあったので、書いておきたい。

一瞬、この白いキノコを、木に寄生してその生命力を吸い散っている寄生生物のように感じたのだが、もちろんキノコは悪者ではない。生命が終わりを迎えた木を新たな生命循環へ戻す働きもある。ただ、この木を見ると、寄生されたから枯れたのか、人為的に切った木にその後生えたのかは、わからない。

キノコは、一般に宿主をすぐには殺さず、できるだけ長く共存するように進化しているのだそうだ。この木に意識があったとしたら、どんな思いでいるのだろう、という疑問を持ってしまった。

【ペンギン】

称名寺から15分ほど歩いて、モノレールを一駅乗り、八景島シーパラダイスへ。早速水族館に入る。そこで見とれてしまったペンギンがこれだ。

ペンギン

一見何の変哲もない、ガラス越しのペンギンのように見えるかもしれない。だが、このペンギンは、壁に向かって全く動かない。もちろん、生きている。30分ほど他を見てまた近寄ったら、まだ全く同じ姿勢でいた。そのうち、飼育員さんが餌をやり始め、ほかの20匹ほどのペンギンが群れ集まっているのに目もくれない。

これはどうしたことだろうと思ったのだが、理由を詮索してもしようがない。このペンギンの姿を見て私は「瞑想する哲学者か修行者」のように見えてしまった。あるいは、面壁する座禅僧だろうか。私の中の何かが投影されているのかもしれない。

【メリーゴーランド】

メリーゴーランド

イルカのショーも見終わり、帰りがけにメリーゴーランドの横を通った。もう、夕方だが、お客さんは一人もいない。まわりは、うだるような暑さで、風もなく、空気は重い。

メリーゴーランドには華やかなイメージがあり、本来子どもたちの笑い声や音楽とともに回るもの。だれも乗っていない夕暮れのなかの映像に、不思議な感じをもった。「楽しさの不在」とでもいうのだろうか。「楽しさのために作られたものが、楽しさを失ってそこにある」という一種の寂しさか。

だが、たくさんの楽しさの記憶は回っているような空想もはたらく。ここの木馬と天使は、そこへ乗った多くの子の記憶を静かに抱きつつ、つぎの誰かを待っているようにも見えた。

虹と畏れと勇気と人と

虹と恐れと勇気

7月16日は、“なないろ”という語呂合わせで、虹の日だそうである。デザイナーの山内康弘氏が制定し、「人と人、人と自然、世代と世代が七色の虹のように結びつく日」とのことだ。

虹は、自然科学では「太陽光が雨粒の中で屈折・反射・分散することによって生じる光学現象」のように説明され、物理現象としては大変正確なものだ。太陽と雨粒と観察者の、三者の位置関係で初めて成立する現象であることもよくわかっている。

ここでは、人智学が虹をどのようにとらえていたのかを振り返ってみたい。

出発点はゲーテの色彩論だ。ゲーテはニュートンのように光が分解されるとは考えず、光と闇の境界で色彩は生まれる、と考えた。シュタイナーはこれを発展させて、虹を物理現象としてではなく、人間と宇宙が出会う現象として見る姿勢を重視した。

思い起こしてみると、北欧神話や聖書や古事記などでも、虹は、神と人、そしてあの世とこの世を結ぶ橋として語られてきた。人智学でも虹は物質界と霊界の間をつなぐ象徴として読んでいる。赤は生命力や外への意志としてとらえられ、青は精神や無限への憧れを象徴する。

驚くべきことに、シュタイナーは次のように語っている。要約すると、

「ある地域で人間が考えた思考は、虹の橋を通って霊界へ運ばれ、霊的存在たちによって吸収される。虹は光の現象であるだけではなく、人間の思考を霊界へ運ぶ媒介でもある。」

これは、虹は、地上の人間と天界の存在との間の一種の「門」のようなもの、とも言い換えられそうだ。その門は、広大な宇宙に向かって開かれている。人間の思考は閉じた脳内の出来事ではないようだ。

もうひとつ、シュタイナーはこんなことも言っていた。とても印象に残っていたフレーズだ。

「虹全体は、霊的なものが流れ出て、また消え入る様子を示している。それはまるで霊的なワルツのようである。そして、これらの霊的存在は、赤・黄の領域から現れるときには大きな恐れをもって現れ、青・紫の領域へ入っていくときには征服されることのない勇気をもって入っていく。」

虹のもつロマンティックなイメージとは、まったくかけ離れているこの、「恐れと勇気」という描写は、ちょっと衝撃的な感じがある。赤・黄を見ると「恐れ」が流れ出ているように感じられ、青・紫を見ると「勇気」が満ちているように感じられる、というのだが、なかなか想像が追いつかない。

色彩論からすると、「赤・黄は光が闇へ向かう動きなので、外へ現れる力でもある。だから、未知へ踏み出す畏れを伴う。」という風に解釈すればいいのだろうか。もう一方は、「青・紫は闇が光へ向かう動きなので、精神世界へ沈潜する勇気が必要になる。」という理解だ。

シュタイナーの色彩論では、虹は色の帯ではなく、霊的存在が「恐れ」と「勇気」という宇宙的感情を経験しながら活動する場として描かれている。この場合、「恐れ」という字より、「畏れ」の方が近いかもしれない。

新しい世界へ踏み出すとき、人は必ず畏れと勇気を同時に経験しているように思われる。就職のときの面接、結婚、子どもの誕生、大切な人との別れ、などなど。思い出してみると、確かにその両方の感情があった。いつも、勇気より畏れのほうがまさっていたような気もするが。

虹を見れば美しいと感じる。ただ波長が分かれているだけなら、感動は生まれないはず。ゲーテやシュタイナーは、虹の色彩には人間の心に直接響く客観的な性格があり、その背後には畏れや勇気のような宇宙的な感情が働いていると考えた。これはもちろん自然科学が証明した事実ではない。だが、人間の色彩体験を深く考えた一つの世界観として味わうことはできるのではないだろうか。

人間は人生の大切な節目で、必ず畏れと勇気を経験する。この二つは、心情を越えて、宇宙そのものにも流れている力だと想像してみても、なにも害も損もないだろう。

こんどどこかでまた、虹を目にすることがあったら、その虹の向こうをよく見てみようかと思う。

タイタニック号の船首でのユーモラスな「殺意」を想う

タイタニック号 船首の中年夫婦

ジェームズ・キャメロン監督の映画『タイタニック』で、ジャックとローズが船首で「I'm flying!」をする場面は有名だ。

ある中年夫婦が、そのポーズの真似をしながら、夫が冗談めかして「突き落としてやろうか」と言う場面を数秒、あるテレビ番組で見てしまった。

それを見て、強烈でかつ深い何かを感じたので、記しておきたい。

これはブラックユーモアではなく、長年連れ添った夫婦の関係を非常によく表しているように思う。

「I'm flying!」の場面を見て、「若いねえ!」というような微笑ましさと、「私たちにもそんな頃があったね」という懐かしさを感じ、その照れ隠しとして、「突き落としてやろうか」という、愛情を隠した冗談に変わったのかもしれない。

でもなぜ、「突き落としてやろうか」なのだろうか?

心理学では、親密な関係ほど「攻撃的ユーモア」が成立すると言われるようだが、それは経験上よくわかる。「蹴り入れたろか」「首絞めたろか」などはよくわたしも言う…。もちろん言葉通りの本気ではない、と思うが…。

ジャックとローズは、未来へ向かって燃え上がる輝かしい愛、中年夫婦は、長い年月を経て笑い合えるユーモア的なものを含む愛といえる。

「突き落としてやろうか」という一言は、愛情がもはやないのではなく、長年の信頼の上に成り立つ親密さと、人生をともに歩んできた者だけが交わせる一種のユーモアとして理解したいと思う。

このようなユーモアをもっと拡大して社会に広められないか?という問いが浮かんだ。

「突き落としてやろうか」の言葉の背後には、「この人は絶対にそんなことをしない」という信頼が見えているから安心して聞いていられる。

今の社会では、「安全な言葉」や「差し障りのない言葉」は増えているように思う。お互いに傷つけないよう慎重になる一方で、人間関係の温度が下がり、「何を言っても無難に」という会話も多いように感じる。

立場を超えたり、失敗を祝福したり、老いを笑ったりするユーモアを考えることはできないだろうか。「相手を笑いものにする」のではなく、「人生そのものを一緒に笑う」姿勢とでもいうのだろうか。「私たちは皆、色々なそれぞれの危うい綱の上を歩いている」と知っている人だけが生み出せる笑いのようなもの。そんな笑いは人と人との間に自由な空間を生み出す力があるように思える。

このような新種のユーモアが新しい未来を予感しているようにも思える。

映画『タイタニック』をまねた中年夫婦のユーモアが印象的なのは、「相手に勝つための笑い」でも「相手を傷つける笑い」でもなく、関係そのものを楽しむ笑いになっているからとも思われる。

もし未来のユーモアに変化があるとすれば、それは「何がおかしいか」が変わるというよりも、「誰と、どのような関係の中で笑うか」という“状況”が変わることなのかもしれない。

言葉はすごく攻撃的なのに、実際には相手に「あなたを信頼しているよ」というメッセージ。これは、未来のコミュニケーションのひとつの力強い形のような気がしてならない。

「突き落としてやろうか」という短いセリフの奥に、相手を縛ることも、教えることもなく、ただ「あなたと一緒にいることが嬉しい」という気持ちが、自然に表れていると強く感じた。

七夕の日のイマジネーション

岩絵

宇宙とは何か?というテーマのテレビ番組を見ていたら、こんな画像が紹介されていた。

場所は、ブラジルのセラ・ダ・カピバラ国立公園。山の絶壁に描かれた先史時代の岩絵の1つで、人間が両手を星に向かって伸ばしているように見える。

数万年前の人々が星に何を見、想っていたのかをしばらくの間、想像してみた。

夜空を見上げ、星々を神や祖先の住む世界と考え、両手を上げて祈っている姿にも思えるし、特定の星が現れる季節に狩りや祭りの準備をしているようにも見える。あるいは、トランス状態のシャーマンが「天へ昇る」体験を表現したものだろうか。

「届かないものへ手を伸ばす」という、人類が共通して持っている、変わらない根源的な心を描いたとも想像できるが、古代人は現代人ほど自分と宇宙を切り離して考えていなかったという見方もありえそうだ。

その見方にそってみれば、この壁画は人間が対象として星を眺めたり、星に何かを望んだりしている、というよりも、星々の存在と共に生きている人間を描いている、とも読むことができる。

「古代人は星座を遠い物語ではなく、現実として経験していた」、こんな仮説を立てることも、七夕には許されるかもしれない。

七夕伝説がもともと描いていたテーマは、「夫婦仲があまりにも良すぎて仕事をしなくなってしまった人間」、が発端だと思われる。

織姫は魂を織り、彦星は世界を耕していたはずだ。人間の経験を人生という一枚の布に織り上げる魂的働きと、現実を耕す社会的実践が、一体となって調和的に働いている、一種の理想的な姿を現していたと思われる。

それでは、なぜ二人は仕事をしなくなってしまったのだろうか?

伝説ではシンプルに、織姫は天の衣を作らなくなり、彦星は牛の世話をしなくなったと書かれている。結婚して互いを愛するあまり、自分の役割を忘れるくらいにまで、相手と過ごすことだけに心を奪われてしまったから、なのだろうか。その反対ともいえる、「あたしと仕事とどっちが大切なの?」という物言いは少し前まではよく聞いたが、今はおそらく、はやらない。熱愛より、仕事と自分の生活、というのが本流だろう。

この二人を、「幸福に浸るあまり、本来の使命を忘れる」という切り口で一応、考えることはできるが、どうも単純に結論付けることは難しそうだ。愛そのものが悪かったのではなく、愛が「自己目的化」してしまったから、とも解釈できなくはないが、それでもそうとは言い切れないような気もする。

愛と仕事を天秤にかける、という考え方自体がなんだか、狭い見方のようにも感じる。

とにかくその結果、天帝は二人を天の川の両岸に引き離したが、真面目に働くことを条件に、一年に一度だけ会うことが許された。

この天帝は、厳しいのか優しいのか、人間的な判断ではできない気がする。恋は尊い。しかし恋だけでは宇宙の秩序は保てない、という教えが背景にあるのだろうか。

この日のお祭りを象徴的に読んでみると、こんなことがいえそうだ。

365日愛しているのは、「利己的な愛」
天の川による隔たりは、いったんの、必要な「孤独」
一年に一度の出会いは「成熟した自由な愛」

浅はかな想像は、これくらいにしておこう。今日はともかくも二人が会える日だ。人の恋路を邪魔してはならない。

『箱の中の羊』という映画を見て想ったこと。

箱の中の羊

是枝裕和が監督したこの映画は、亡くなった息子そっくりのヒューマノイドを迎えた夫婦とその後を描いている。メインテーマは「人間そっくりの驚きのAIロボット」ではなく、明らかに「人間を喪失した人間」のほうだ。あるいは、「生者と死者の人間関係」ともいえるかもしれない。

映画の予告編を事前に見てまず思ったのは、「亡き人に対して、そのAIヒューマノイドの姿や声によって心の穴を埋めようとする態度は、いかがなものなのか?」という、やや批判的な感想だった。

だが、実際に映画を観てみて、考え方が変わった。単純な批判の先を暗示していたからだ。各シーンからは、母親はヒューマノイドを受け入れ、父親は距離を置こうとする、という対照的な描写が読み取れるが、それはあくまで表面上の話だ。

ヒューマノイドは目の前にいて、まったく同じ声だし、姿もそっくりだ。しかし、本当に失われた息子はそこにいるのか。あるいは、本当に大切なものは、“箱の中の羊”のように、見えないまま存在するのではないか、という無言の問いが映画全体に流れているように読み取れる。

ちなみに、タイトルの「箱の中の羊」は、星の王子さまの有名な場面に由来している。王子は羊の絵を求めるが、最後に飛行士は「箱」だけを描き、羊はこの中にいると言う。見えない羊は、見る人の想像力の中、または「先に」生きている、という主張だろうか。

亡くなった人の写真を眺めたり、手紙を読み返したり、夢の中で再会を願ったりするのは、ごく普通のことだ。それと同じように、AIによる再現もまた、「忘れたくない」という人間の深い愛情と無関係ではない。

昔から人類は、遺影や遺品や墓やお位牌を作ってきた。外にある存在として、AIだけが特別に不自然とは言えない。違いがあるとすれば、遺影や墓は、物理上は沈黙しているが、AIは「応答」する、という点だ。そして「応答する存在には人は容易に感情移入しやすい」という特性が、AIが普及した現代では、過去には見られない特別な課題になり始めているように思う。

もし、AIが「喪失そのものを感じなくて済むための装置」として、とらえられたとしたら、どうだろうか。

亡くなった人の不在を受け入れる苦しみの中で、人は故人との関係を外側から内側へ移していき、生前は目の前にいた人が、やがて記憶や良心や価値観として自分の内部に生き始める。
そのような経過をたどることは、経験した人ならよくわかるに違いない。

ところがAIによる再現が極度にリアルになると、その移行が妨げられる可能性がある。いつまでも「そこにいるように見える存在」を相手にし続けることで、人は不在と向き合わずに済んでしまうからだ。

AIヒューマノイドは、故人を思い出すための「橋」なのか、故人を手放さないための「鎖」になってしまうのか?という問いを考えてみる必要がある。「橋」は追悼の文化といえるが、「鎖」になってしまうと、心の穴を埋めるどころか、穴が穴のまま固定されてしまうように思えるのだが、どうだろう。

シュタイナーは、死者との健全な関係は、感覚世界ではなく精神的な領域で築かれるべきだと考えていた。死者は肉体を離れており、私たちもまた内的な静けさや回想を通して死者と出会うべきだ、と。「もし死者の姿や声を機械によって地上に固定し続けるなら、それは死者を本来進むべき道から引き留めようとする衝動と結びつく危険がある。」人智学では、そのように考える。

人間は「不在」を通して成熟するのではなかろうか。死者がいなくなったという事実を引き受けながら、それでもなお愛し続けること。その困難な営みの中で、故人は単なる記憶ではなく、いまだ地上に生きる人の力へと変わっていくのだと思いたい。

旬の料理に象徴を読み取る試み

今が旬、と思える料理の象徴的意味を考えてみた。

6月中旬に旬を迎えている代表的な食べ物は次のようなものだ。

野菜では、枝豆・キュウリ・ミョウガ・オクラ・ナス。
魚介類では、アジ・アユ・イサキ・スルメイカ・タコあたりだろうか。
果物だと、サクランボ・ビワ・ウメ・メロン。

「旬を食べる」とは、栄養を摂ることだけではなく、「季節を体の中に迎え入れること」と解釈できる。この季節は、まだ残っている春の柔らかさとともに、夏の生命力を取り入れられるいい機会だ。

レシピとしては、「初夏の恵みの和風アクアパッツァ風」など、どうだろう。作り方は、だいたいこんな感じだ。

アジとイカとタコを適当に切り、ナスとミョウガを細かく切る。輪切りにしたトウモロコシを加えてもいい。
魚介類を軽く焼いてから、酒と水を加え、梅干しを潰しながら入れる。
ナス、トウモロコシを加えて10分ほど煮る。最後に枝豆を加える。
火を止めてから薄切りのキュウリとミョウガを散らす。
デザートは、ビワ・サクランボ。

この料理には、海の生命と畑の生命が出会い、集まっているし、別の見方をすれば、香りの生命と酸味の生命と甘みの生命が集合している。

そう思えたら、これは、この時期の自然全体を身体の中に迎え入れることなのだと、意識できるのではないだろうか。海と陸は、いわば「流動するものと形づくるもの」だ。そこからとれ、育ったものを一つの鍋で調和させることは、人間の内部で海と陸を和解させる象徴的行為とも読める。

また、ミョウガの香りやウメの酸味は、人間の自我を眠らせず、覚醒へ向かわせる働きを持つとも解釈できる。「初夏の自然が人間を夢見へ引き込もうとするとき、香りと酸味が意識を地上へ引き戻す。」という風に見ることもできる。

枝豆や若いトウモロコシは、まだ成熟しきっていない生命とみられ、未来へ向かう形成力が強く働いているとも考えられる。若い植物を食べることは、未来へ向かう自然の意志を取り入れること、とも解釈できる。

旬の食材を集め、食べるという行為は、「私は自然の時計に耳を澄まします」という意味のような気がする。

あまり、その象徴性を「想像」しすぎると、消化不良になってしまうかもしれない。これくらいでやめておく。

人が祈る姿を見ると特別な感情がわくのはなぜ?

祈る姿

ガウディ没後100年にあたって、イエスの塔も完成し、ローマ教皇のミサも執り行われるなど、各媒体にはその関係記事であふれている。

私はといえば、『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』という記録映画を見たり、在日スペイン人の映画評論家、ダニエル・アギラル氏のトークショーを聞いたり、ガウディ研究の第一人者と言われる、鳥居徳敏先生にお話を伺ったりしている。生前のガウディの言葉を集めた本も読んでみたが、彼が本当に深くイエス・キリストに帰依していたのがよくわかる。

そんな中で、一番心に深く強く残ったことがひとつある。それはダニエル・アギラル氏が言った言葉なのだが、『サグラダ・ファミリアを建てている人には無神論者も多い』という発言だ。

サグラダ・ファミリアという教会を観光目的で訪ねる人が多いし、作っている多くの人々も神を信じていない。これは、現代では、普通のことのように思われるし、それに眉をひそめるような思いを抱くことは、全くない。日本のお寺でも神社でも事情は同じだ。文化財であり、観光資源である、ということは、大切な一面には違いない。サグラダ・ファミリアは、建築芸術の最高のものと言って間違いない。

ただ一方で、個人的には「信仰と敬虔さはどこへいったのか」という思いを、どうしても消し去ることができない。

外尾悦郎氏のようにサグラダ・ファミリアの彫刻に心魂を込めるために、クリスチャンに改宗した人もいる。私はそんな生き方に何か大切な意味を求めようとしてしまう。

「大切な意味を求めようとしてしまう」ことについて、実は自分なりの小さな発見があった。

それは、観光目的で来たとしても、ほんの一瞬、利己的な「願望」ではない、もっと利他的な祈りの感情を持つ人がいるのではないか、という希望的推測から始まった。

この発見は、こんな問いから出てきた。

それは、「教会や神社やお寺に行く意義には、そこで祈る人の姿を目にすること自体にもあるのではないのか?」という問いだ。

普通は、そこに祭られている神や仏に願ったり祈ったりすることが目的と思っているが、それだけではないような気がする。

人の祈る姿を見るとき、「宗教行為以上の何か」を感じる。それは祈りが、人間の最も深い部分を外に現している行為だからかもしれない。祈る人は、その瞬間だけは社会的役割や競争や見栄から離れ、何か自分を超えたものに向かい、自分の無力さや願いをさらけ出しているようにも見える。その姿には何というか、独特の「透明さ」のようなものを感じる。

ふだん、他人を自分とは違う「何者か」として見ている。だが、祈る人を見るときは、その人を肩書や属性ではなく、一人の魂として見てしまう。祈る姿は、「この人もまた、自分と同じように苦しみ、願い、意味を求めている存在なのかもしれない」となんとなく感じる。

壮大な聖堂そのものに、素晴らしい霊験を感じることも確かだが、それよりも、そこで静かに祈る一人の老人や子供の姿のほうが、別の意味でより深く胸を打たれる気がする。

そんな姿を見られること自体が、この上ない「ご利益」のように思う。

そう考えてきて今、サグラダ・ファミリアを「信仰の自由への扉」と呼びたいと思ったのだが、そこで祈る人の姿もまた、一つの「とらわれのない自由への扉」のように思う。そこで祈る人々の姿かたちは、新しい「神殿」のように感じてしまう。建築は器であり、祈る人間はその器に魂を吹き込む存在と言えそうな気がする。

聖なる場所でなくても、日常のどこであっても、祈る姿を目にするという経験は、遠い未来の人間同士のつながりのあり方の予兆のように思えてくる。

そんな日は、いつやってくるだろうか。

晴れの日には見えなくて、雨の日には見えてくるものって何?

梅雨の時期は、なぜか気分がふさぐ。どうも理由がわからない。万全の健康というわけでもないが、特別重い病気でもない。仕事は困難を極めているが、充実感はある。家族との関係も良好だ。それなのに、なんでだろう。

気晴らしに、自分にクイズを立ててみた。答えは、こんなところでどうだろうか。

水たまりに映る曇り空
雨の匂い
道に雨粒が打ち付けて描く波紋
道路わきに生きている苔の瑞々しさ
傘に隠れている人の表情
頭皮にある冷たさの感覚…(降り始めに敏感…)
ガラス越しに見るぼんやりした風景
自分の内側への意識が明敏になること

心理的には、最後のものが、とても響いているように思う。ひとり感とか喪失感、忘れていた古い記憶など、晴れの日には意識しないことが次々と頭をよぎることが多くなる。普段は忙しさでごまかしている内面が姿を現すから気分が沈むのかもしれない。そのような「内面」とは、そうそう明るいものではなさそうだ。解決していない悩みとか将来への不安や満たされない願望などだとすれば、それと出会うことは快適とはいえない。

晴れの日には見たくなかった自分自身も、雨の日には見えてくる。それが雨の、少し怖く、少しありがたいところなのかもしれない。

学生の頃、勉強したフランスの詩があった。ポール・ヴェルレーヌの「巷に雨の降るごとく」だ。

Il pleure dans mon coeur Comme il pleut sur la ville.
(わが心に涙降る 都に雨の降るごとく)

これを今思い出すと、すごくよく梅雨の時の心情をあらわしているように思えてくる。理由の分からない哀しみを雨で象徴している。

雨が降っている時間は、「魂がもっともよく聞こえる時間」と言い換えられそうだ。だから雨は、「内面を見るための、そして立ち止まるための気象現象」といえるのかもしれない。

ただ、退屈や空虚や物悲しさとして感じられるものの中に、新しい問いやヒントが眠っている可能性はある。

種田山頭火は、「雨ふるふるさとははだしで歩く」と詠んだ。自分は、裸足になれるだろうか。

鉄と人間について

テレビで、篠原勝之さんを追った番組を見て、鉄について考えてみた。彼は、溶接オブジェを得意としていて、「鉄のゲージツ家」の異名を持っていた。今年4月17日に旅立たれたその日のメッセージはこうだ。

 「ついにね、オサラバの時が きちゃったよ。いろいろ、みんなに親切にしてもらって ありがとう。いっぱい感謝して、旅にいきます。アバヨ。」

ここで、尊敬している彼の人柄について述べたいことがたくさんあるのだが、それは別の機会にすることにし、彼が創ってきた「鉄」という素材について、記すことにする。

まず浮かんだ問いは、「人間の血液中に鉄が含まれている意味は何なのか?」というものだ。

生物学的に言われる「鉄は赤血球中のヘモグロビンを構成する重要な要素で、酸素を運搬する大切な役割を担っている」、という科学的事実をベースとし、そこから出発してみたい。

鉄は生命活動を支える「呼吸の媒介者」といえることから考えを発展させると、「象徴としての鉄」が見えてくる。

鉄は人類史において、意志や力や勇気や戦いと結び付けられてきた。もともと古代人は、鉄を天から来た金属と考えていたようだ。血液の中に鉄があるという事実は、まるで「宇宙の鉄」が人間の内部で生命力に変容したかのようにもみえる。

人智学では、鉄について、人間が自らを世界から区別し、自立した存在として立つために働く力と関連づけている。血液は人間の自我の重要な表現であり、その血液の中心に鉄があることには深い意味がある、という風に考える。中心に鉄があるということは、人間とは、宇宙の鉄を内に受け取り、それを意志と自由へ変容する存在である、というイメージにつなげることもできる。

その次に思った問いは、「鉄が地上で徐々に酸化鉄になっていくことをどう読めばいいのか?」というものだ。

人智学の立場から考えるなら、鉄が錆びて酸化鉄へと変化する現象は、化学反応以上の意味を持つ自然過程として読むことになる。

鉄は、他の金属に比べて強く、形を保持し、人間の意志を道具や機械として外界に実現する金属といえる。鉄を象徴的に読めば、「私は私である」という自立の原理があらわれている。

その鉄は放置すると酸素や水と結びつき、赤褐色の酸化鉄になる。要は「錆びる」わけだ。この「錆びる」という自然現象を霊学的に解釈するなら、鉄が再び地球や大気へ帰っていく過程とみることができる。

錆は鉄の原型を崩し、個別性をなくし、周囲と「混ざって」いく。これは鉄が持つ「自立の力」が弱まっていくととらえることができる。錆は、言うなれば「死んだ鉄」だ。その意味で錆は、自我による統御が失われ、物質が自然へ還っていく姿と読める。

いっぽう、人間の血液中の鉄は酸素と結びついているのに、「錆」にはならない。生きた有機体の中では、酸素を受け取ってまた手放し、再び受け取る、という動的な平衡の中にあるので、いわば「生きた自我が鉄を支配している」状態だからなのかもしれない。

古代の錬金術師のことを調べると、錆を単なる劣化とは見ず、鉄が赤くなることは、 死であり分解であり地への回帰である、とみられていたようだ。植物が枯れて土になるように、鉄もまた地球の大きな循環へ戻る。そういう、新たな変容の準備として鉄を見ていたことになんだか深いものを感じる。

霊学的想像力から見ると、赤く錆びた鉄は「死んだ金属」というよりも、役目を終えた意志が、大地の中へ静かに還っていく姿に近い象徴として現れてくる。

ここで、確かめたい問いが残った。

酸化鉄が最終的にどのようになっていくかを追った自然科学的な研究はあるか?というものだ。

いろいろと調べると、赤錆の主成分であるヘマタイト(赤鉄鉱、Fe₂O₃)は、大気中では非常に安定な鉱物だそうだが、長い時間スケールでみると、変化し続けることが分かっているようだ。

別の酸化鉄鉱物へ変化したり、土壌鉱物の一部になったりするそうで、その結果、赤土やラテライトの赤色を生み出す。地球上で見られる「赤い大地」は、数万年から数百万年かけて形成された巨大な酸化鉄の蓄積というわけだ。

さらには、鉄が生物圏へ取り込まれることもあるらしい。微生物が酸化鉄を利用することで鉄は再び水に溶け、生物活動に利用される。海洋ではこの循環が非常に活発だそうだ。つまり、死んだ錆びた鉄が再び「生きた鉄」になることが自然界では起きている。

この科学的な変化の姿は、霊学的な観点ともよく響き合うような気がする。錆びた鉄は岩石になり、土壌になり、微生物に利用され、植物や海洋生態系を支え、そして再び循環する。

霊学的な比喩が許されるなら、鉄は錆びて終わるのではなく、「個体としての鉄を失いながら、地球全体の生命循環へ参加していく」といえるのではないだろうか。これは、人智学が語る「個別化されたものが再びより大きな全体へ帰還する」というモチーフと、深いところで共鳴しているように思えてならない。

測量の日に考えたこと

測量の日 ポスター

きのうは‘測量の日’だったそうで、国交省のポスターを見ると、「技術に支えられた都市は、測量から始まる」みたいなイメージがある。素晴らしい未来を創る土台は測量だというアピールは、大変うなずけるものだ。まったくその通りだと思う。

いっぽうで、測量という行為と唯物論の関係を考えてみたので、残しておきたい。

「測量」と「唯物論」の関係は、土地を測る技術史の問題ではなく、人間が世界をどう捉えるようになったかという、“認識の歴史”の問題として考えると非常に興味深いテーマのように思われる。

測量とは本来、山の高さを数値にしたり、土地を境界線でとらえたりする行為で、目の前の世界を「量として把握可能な対象」に変換することだ。人間の意識という視点で対照的な表現をすれば、森を見て神々の住まう場所と感じる代わりに、面積300ヘクタールとして扱うことと言える。

唯物論もまた、世界を測定可能なものとして理解する傾向を持っている。たとえば、感情を脳内物質で説明したり、思考を神経活動としてとらえたり、意識を情報処理のように見なしたりする。唯物論の意図するものは、「質を量へ還元しようとする」というのが、合っている。

山や森を切り開くとき、測量は「この土地にはどれくらい生物がいるのか」などとは問わない。「何メートル四方なのか」と問う。その意味で測量と唯物論は親戚関係にある。

だが、測量そのものは唯物論ではない。古代エジプトでも測量は行われていたが、土地を測ることは、宇宙の秩序を地上に写す神聖な行為だったと思われる。ピラミッド建設の測量も、天体との対応関係を重視していた。「世界の霊的秩序は、表面上は“数”として現れる」 と考えていたはずだ。

古代エジプトの碑文には、「私は縄を張る」「私は星々に従って方位を定める」という意味の文言が残っているそうだ。重要なのは、測量の基準が土地ではなく星であることのように思われる。つまり、天の秩序と星の運行を基準にして地上の神殿を配置していたとみられる。

近代になると、長さや重さや面積によって世界を捉える能力が発達したわけだが、危惧すべきなのは、測れるものだけが実在すると思い込むことだ。測量能力そのものは進歩といえるが、その能力が肥大化すると、世界は数字の集合にすぎないという唯物論になってしまう恐れがある。

測量に「夢中」になりすぎると、生きた自然や他の存在の魂を忘れてしまいがちになる。その意味で、測量は唯物論の原因ではなく、唯物論の象徴であると言えるかもしれない。

測量という行為が人間にもたらした「意識の転換」を表現するとすれば、「世界の中に生きる」から「世界を外から測る」への転換、といえるような気がする。古代人は森の中に住んでいたが、近代人は森を測る。古代人は川の精霊を感じていたが、近代人は流量を測る。古代人は星の神々を見ていたが、近代人は軌道を計算する、というように。

いま、世界は測り尽くされつつあるような気がするが、自然の意味や魂の存在理由は何か、といった問いは消えてはいないと思う。測量の歴史は「量の勝利」の歴史ではなく、神話からはじまり、幾何学が研究され、計量の世界が広まったが、これから意味の再発見をする、という、長い長い歴史の途中にある、と見ることもできる。

2050年 測量の日 ポスター

AIに2050年の測量の日のポスターを作ってもらった。彼女の目線の先には何があるのだろう。

カラーか?白黒か?私たちは“何”を買っていたのか?

ポテトチップ ドンキ

パッケージが白黒化するという現象を考えてみた。

これは最近の社会事情による「インク不足」や「コスト削減」をキーワードとして話題になっているが、白黒化現象を象徴的に見ると、「色彩の後退」という出来事としてとらえることもできる。特に、人間と色彩の大きなつながり方、という目線で見ていくことにした。

少し振り返ってみると、近代以降、化学染料やカラー印刷の発達で、人類史上初めて大量の色彩を日常空間に持ち込むようになり、現代では色は大量生産され、広告やパッケージの武器になっている。スーパーに行くと、例えば、赤は情熱、黄色は注意、緑は健康、などのイメージとして、消費者の注意を奪い合っている。色は今は、マーケティングの手段となっている。

ちなみに、中世では紫は権力、金は神性、赤は生命力、のような、象徴の色だった。中世の人々はマーケティング的な意図というより、色を「品質を示す記号」のようにとらえていたふしがある。調べてみると、古代ローマでは、パン屋が焼きたての黄金色を強調したり、果物商が鮮やかな果実を前面に並べたり、染色商が色鮮やかな布を店先に吊るしたりしていたようだ。これは、色で価値そのものを示そうとした、ととらえられるが、「売り上げを増やそう」という魂胆はいつからか、少しずつ始まっていたのかもしれない。

スーパーの棚から色がどんどん消え始める光景を想像してみよう。

今まで見えていたはずの商品が急に「見えなくなる」かもしれない。そうすると初めて、「自分は色で選ばされていた」ことに気づく…。それとも、そんなことはなく、今まで通り、物を買い続けるだろうか?

ピーマンの袋は、たいてい透明で、鮮やかな緑いろの袋には入っていない。ピーマンは、いうまでもなく、宣伝しなくとも売れるものだからだ。それでは、ポテトチップはどうなのだろう?それは「本当に必要だったのか?」という問いの対象にはならないだろうか?

今後、本当に白黒の包装が広がるなら、それは供給不足のニュースとしてではなく、「私たちはいつから色を主体的に見なくなり、色に見せられるようになったのか」という問いを投げかける初めての出来事として読むこともできる。さらに、「これは何の商品なのか?自分は何を買おうとしているのか?なぜこれを選ぶのか?」という問いも生まれそうだ。

白黒のパッケージを見てもし、「それは本当に必要か」と感じるなら、それは節約意識ではなく、消費の対象を見る視線から、自分自身を見る視線への小さな転換とも言える。「私は本当に主体的なのか」という意識だ。

もっとも、その変化が本当に起きるかどうかは、白黒パッケージを見た消費者が「寂しい」と感じるのか、「これで十分だ」と感じるのかにかかっているような気もする。そこにはきっと現代人の意識そのものの変化が映るに違いない。