
『禅門の異流』という、ちょっと変わった禅僧を紹介する本を最近読んだ。一休さんや良寛さんや盤珪さんなどについて書かれたものだ。これを読んで、これらの禅僧の生き方や知恵を現代に生かすような生涯学習講座ができそうに思い、懇意にしていただいている大学の先生に連絡を取ってみた。二日前のことだ。
そうしたら、その先生はつい最近『禅門の異流』を購入し、今目の前にあるという。なんという不思議な偶然だろうとおっしゃっていた。私もそう思う。
カール・グスタフ・ユングは、こうした現象を、「意味ある偶然、シンクロニシティ」と呼んだ。「意味の一致によって結びついた出来事」と考えたわけだ。原因と結果という因果律では説明できない。
ユングはこう言っている。「シンクロニシティは人が人生の意味に目覚める瞬間に現れる」と。これは精神の転換点で起きやすいということか。大げさに言えば、人生の分岐点ともいえる。
人生を変えるシンクロニシティの読み方は、単に「偶然だ」と喜ぶことではなく、自分の運命・課題などの人生の流れを読み取る感覚を育てることにある、ともいわれる。
シンクロニシティは行動を促すサインとして現れるのかもしれない。偶然出会った本が人生の研究テーマになったり、偶然出会った人が人生の師になることもある。また、偶然の出来事が新しい仕事を生むことも。霊学的にはそれは魂が必要としていたものと解釈される。
今回のような「偶然」は実は初めてではない。何回も起きているので、最近は、「また来たか!」という感覚になっている。だが、これは大切な機会と考えなければならないと思う。
驚いたのは、この先生は、この本に出てくる禅僧のひとりを取り上げて、講義をする予定でいたとのこと。ここまで、一致したら、講座をやるっきゃない、と思われる。先生も乗り気だ。
私と先生は何らかの縁でつながっているに違いないと直感的に感じる。大学の教授にしては、たいへん頭が柔らかく気さくな方だ。この縁がいつまで続くかは、わからない。だから、今という機会をなおさら大切にしていきたいと強く思う。