人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

渦巻き模様の宇宙的意味について

『渦巻の芸術人類学』鶴岡真弓 青土社

ケルト文化研究の第一人者である鶴岡真弓先生の近著、『渦巻の芸術人類学』の出版を記念した講演を聞きにいったので、その感想を書く。

哲学者なら「渦巻きとは何か?」という形の問いを立て、その定義や意味を確定したがるが、鶴岡先生のやり方はそうではない。先史、古代から現代までの渦巻き模様を凝視しながら、言わば「渦巻きを観想」していく。

渦巻文様は土偶・金工・聖書写本・建築・アニメにまでに刻まれ続けてきた、とし、その背景にあるのは「死からの再生」「生命の循環」という人類共通の祈り・願望であるとおっしゃっている。その厖大な研究成果が500頁あまりの大著に記されている。とても、要約はできない。

渦巻模様ときいて、浮かんだのが「フォルメン線画」というものである。形を通して人間の内的秩序と生命的リズムを育てる芸術的レッスンのことだ。その目的は「形の力を体験する」ことにある。子どもがフォルメンを描くとき、空間の流れ・対称・リズム・均衡を、手・目・呼吸・意志を通じて感じ取る。

貝殻、銀河、台風などの自然界の螺旋を人間の精神にあてはめて解釈すると、それは生命や意識の“渦動”、宇宙的エネルギーの流入といえる。渦巻や螺旋の動きは、力や意識の方向性を示す「働きの形態」として機能する。意識や力の上昇、展開の流れを現わしているともいえる。渦は循環する力ともいわれ、鶴岡先生の「生命の循環」という観点にも通じる。宇宙的マクロコスモスと人間の内的ミクロコスモスは、密接につながっている。

螺旋は、中心から外へ、あるいは外から中心へ向かう意識や力の循環・発展を示す。精神的存在の活動は単に「そこにある」だけではなく、成長・進化・流れを伴うので、直線ではなく螺旋のような回転運動として現れる。精神的成長や叡智の伝達は、螺旋状に広がったり上昇したりする。

ここで思い出したのだが、人間の体の中で唯一、渦のような形をしているところがあった。それは、人間の内耳にある蝸牛だ。

三半規管 蝸牛

生理学的には、人間の内耳にある蝸牛の主な働きは、「音(空気の振動)」を「神経信号(聴覚情報)」に変換することだと言われる。

人智学では、違う観点から、「人間の感覚器官は単なる「受信装置」ではなく、精神界と物質界を結ぶ門であり、その中でも「耳」は特に、宇宙の秩序(ロゴス)を聴くための器官として位置づけられている。

蝸牛が螺旋状であることは偶然ではなく、それは宇宙の律動を地上に巻き取る形なのだ。宇宙の運動を個人の意識へと巻き取る形を象徴している。宇宙の運動とは、渦やリズムや周期のことだ。

星が運行し、天球が響くとき、その音は直接的には人間の耳には聞こえない。しかし蝸牛は、その宇宙的リズムを縮小・凝縮して受け取る構造になっている、と考える。つまり、蝸牛は「宇宙の螺旋(コスモス)」が人間の中に入り込んだ形といえるのだ。

物質的には、音波が鼓膜から蝸牛、そして神経へと伝わるが、霊的には、ロゴスが蝸牛を通じて、「人間の内なる魂の音響」へと変換されている、とみる。

だから蝸牛は、単なる音の分析器ではなく、「世界の霊的メロディーを、人間の意識が理解できる言葉に翻訳する場所」といえる。

人間の感情が発するとき、それは光のような音響の波として空間に広がり、その動きが螺旋や渦、花びらのような形をつくる。音楽家や詩人が「音が見える」「響きが形になる」と語るのは、霊界の感覚が部分的に開いているためだ。

人間が、耳の中に二つも銀河系を持っているということは、とてつもない意味があるように思われる。