人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

戦争は、“絶対悪”、それとも“必要悪”?

戦争を、他から発せられた情報のみから考えてみると、それは、いかなる理由がつけられたにせよ、絶対悪である、と考えるのは当然である。ある新聞も、“戦争は絶対悪であって、決して必要悪などではない”といった論旨を展開している。

今、世界の各地で戦争が行われているが、高橋 巖先生の人智学の講演でも次のような質問が出た。

「ある大国の大統領の行為をどう思いますか?」

おそらくその質問者は、その大統領を非難してもらいたかったのだろうと推察するが、

高橋先生は、こう答えられた。

「その大統領に会ってみないとわかりませんね。戦争を絶対悪と思えるがどうかが、問題になります」とだけお答えになり、戦争は、絶対悪なのか必要悪なのかを明言されなかった。

“戦争を絶対悪と思えるかどうか?”  これが高橋先生から発せられた、人智学徒への最後の問いかけである、と思っている。もう一年以上考えているのだが、最高に難しい問いである。

論理的に、倫理的に、人道的に考えてみても、議論の余地なく答えは明らかで、戦争は“絶対悪”である。でも、何か、「1ー1=0」である、という風に完全に決めつけられない何かが残る気もする。だから、とても難しく感じるのだ。

ここで思い出したのが、カミュの『ペスト』である。ペストも、人類にとって絶対悪といえるだろうか? 疫病がなかったなら、もちろん平穏に過ごせたのだが、その蔓延によってしか気づけなかった何かがあるのではないだろうか? その毒によって、人々の意識が変われたのではないだろうか? 悪に抵抗する新たな力を見いだせたと、考えることもできる。もちろん、戦争も同じと、肯定するものではありません。