
今日は国際女性デーだ。その要点は、女性の権利の歴史を記憶し、現在の不平等を認識するとともに未来の社会を改善すること、と言われ、女性の尊厳と社会参加を世界全体で確認する日となっている。
主なテーマは、男女賃金格差、教育機会、政治参加、暴力の防止、出産・育児の支援などだ。これは社会制度と密接につながっている。議論をつくし、制度をよりよくしていくことはとても大切だ。
だがわたしは、女性の精神面や魂の面から考えてみたい。手がかりとして、「エンパワーメント」というキーワードで考えてみた。
この語は定義的に言えば、「人が本来持っている力に気づき、その力を自分で使えるようになること」ということだ。「力を与える」というより、すでにある力が目覚め、主体的に行動できる状態になることを指す。外から力をもらうのではなく、内側の力が目覚めることといっていい。
「女性のエンパワーメント」という視点をもつとしたら、それはどのように考えたらいいのだろうか?自分の力を思い出す、とは、どういうことなのか?それは、おそらく「知識を与える」でもなく、「助ける」でも「導く」でもない。
霊学ではエンパワーメントとは「自我が魂と身体を本当に支配し始めること」といわれる。衝動、感情、社会、習慣などに動かされず、自我がこれらを統合し、自由に使えるようになることだ。
シュタイナーの考え方は、現代の「男女平等」の議論とは少し違い、霊的機能の違いという形で説明される。ただ、「人間の本質つまり自我は性別を超えている」という考えを基礎としている。
女性の特徴としては、「生命と魂の領域への深い関係」をあげている。女性は、特に生命力との結びつきが強いとされ、そのため女性は育てる力と包む力、生命を調和させる力を持ちやすいと考えられた。
ちなみに、男性は「抽象的思考、技術、外的世界の支配」などに向かいやすいとされている。これは近代の科学・機械・国家・産業などと結びつきやすい特性だ。
シュタイナーは、人類の未来について、女性的な力が非常に重要になると語っていた。近代文明が機械化と知性偏重へ進みすぎるからだ。この偏りを調和するのが、魂的直観力、共感力、敏感な生命感覚で、つまり女性的な力がますます必要になる。女性は社会的に弱い存在ではなく、むしろ人類の魂を未来へ運ぶ存在といえる。女性はもともと、自我の境界が柔らかく、魂の共感力が高いからだ。
女性の内にある生命パワーの源を象徴的な言葉で表現すると、二つある。
マリアとソフィアだ。マリアは、母なる存在として神的生命を地上に迎える器と言え、神的叡智であるソフィアは人類が未来に目覚める「宇宙的女性原理」と言える。この絶大なパワーがすべての女性の中に潜在している。
今日は、この気づきの日となってもらいたい。
イタリアでは、男性が女性にミモザを贈る習慣があるそうだ。意味は感謝、尊重、連帯。今晩は妻に敬意をこめて、夕飯を作ろうと思う。