月が魚座にあり、直感が強まる日とされる。感受性が豊かになり、心の深い部分や潜在意識とつながりやすい時といわれる。今日私がやったことは、「暗闇」とは人間にとって何か調べ考えたことと、ニーチェの詩の韻文構造を研究したこと、そして、十字架の横線と縦線の霊的な意味を探ったことだ。それを顧みると、ほぼ当たっているといえる。
みずがめ座の太陽と魚座の月がちょっとした緊張関係になっている。内面の感情と外面の意識・行動のズレが生じやすく、気持ちが浮き沈みしやすいといわれる。自己理解やバランス調整が鍵だそうだ。そういえば、今日、死生学のオンライン講義の中で、黒澤明の「生きる」の話を聞いて、おもわず涙を流してしまった。これも、当たっているかもしれない。
また、水星と冥王星がコンジャンクション(強い結びつき)となっている。水星(思考・言葉)と冥王星(深い洞察・変容)が重なる配置だ。ニーチェの若いころの詩を深く感じて鑑賞できたのが、それに当たるのか?
月と天王星がクインタイル(創造性)になっている。月と天王星の関係は、予想外のひらめきや独創的な考えが湧きやすい象徴とされている。既存の枠組みにとらわれない発想が出やすい日とも言われているが、これは、まさに当たった。人間の意識の進化を時代で区分した、新しい世界史年表を考え付いたのだ。意識の変化を軸にした世界史を書いている人物はいないようなので、いつかまとめてみたいと思う。
今日は、なんとなく当たっていたような感じがするだけだ。星占いは、真に受けないほうがいいと思っている。占いは一般的に、当たっているような気にさせる暗示力が強いのだ。ホロスコープは、その人が地上でどのような課題や学びを持って生まれてきたかを示すといわれており、天体の動きや星座は、人間の精神・魂の発達段階と対応していると考えられてもいる。それは確かにそうだろうとは思う。
シュタイナーは、星占いを単なる因果的な未来予測として使うことには批判的だった。占星術を「人間の自由意志を奪う道具」にしないよう警告してもいる。ホロスコープの象徴は、前世からのカルマや宿命的傾向を映す鏡だが、占星術は「運命を決めるもの」ではなく、魂が自由意志で課題を乗り越えるための手がかりとして利用すべきものだ。
天体や星座の性質を学ぶことは、自己理解や他者理解、宇宙とのつながりの認識にたしかに役立つ。吉凶とは関係なく、自由に生きていきたい。