新しく講座の受講を始めた。今日読んだ「僕のおいたち」と「音楽について」という題の文を断片的にではあるが、紹介する。どちらも川原栄峰訳。
「牧師館というものにただようているあの平安が僕の心に深い、ぬぐいさることのできないあやを刻み込みました。一般に魂が最初に受け取った印象というものは決して消滅しないといわれますが、全くそのとおりです。 (中略) 神様はこの地でも僕たちに多くの愛と祝福とを恵んでくださいました。」
「私は神のこのすばらしい贈り物(音楽の事)が常に私の生涯の伴侶であってほしいとねがっている。 (中略) このすばらしい楽しみを送りたまいし神に対してわれらは永遠の感謝の歌を歌おう!」
この二つの文章は、14歳の少年が書いたものだ。のちに『アンチキリスト』を書いたニーチェである。敬虔なクリスチャンを疑えないような書きぶりに驚いた。
ニーチェの生い立ちを学んでみると、彼はキリスト教を信仰として生きた人であり、外から批判した啓蒙主義者や無神論者とは全然質が違うことがわかる。
『アンチキリスト』でニーチェが最も激しく攻撃しているのは、イエスその人ではなくイエスの名を使って作られた制度としての宗教だ。彼は「反キリスト者」ではなく、「反・キリスト教制度者」というべきだと思う。
盲目的な信仰を強要するとどんな宗教も堕落する。伝統的なすべての宗教にももちろん当てはまる。仏教も神道も例外ではない。新興宗教ではそれが顕著だというだけだ。表面的には「盲目的な信仰強要」は隠れてしまって、そんなことはあるはずがないと思われようと、深部には存在する。それを臆さずに批判したのは、ニーチェだけのような気がする。
聖なるものがなくなっているのに、罪・救済・裁き・自己否定の道徳だけが残ること、これを彼は最悪のニヒリズムと見たに違いない。『アンチキリスト』の中で、ニーチェは教会を徹底的に否定し、パウロには激烈な批判を加え、道徳・救済・罪を「破壊」した。しかし、イエス本人だけは、決して同じ調子で攻撃していない。これは、どういうことなのだろう?
ニーチェは、キリストを、制度が命名した「教祖」「救世主」「裁き主」ではなく、〈人間の持つ生の形態〉のように見たのではないか。これは「新しいキリスト像」の萌芽といえるかもしれない。
外から与えられた価値に従わず、自らの生の形式そのものが価値になり、法・道徳・慣習に依存せず、自己を“模範”として生きる。これが超人だとしたら、それは新しいキリスト像と重なるような気がする。
『アンチキリスト』では、「『神の国』とは、何かの出来事ではない。それは“心の状態”であり、それは“ここにあり、今ここにある”。」と語られる。そこは、ニーチェがイエスを反・宗教的存在として描いているように読める。また、「イエスは、いかなる教義も残さなかった。彼は生き方を示しただけである。」とも書いている。彼自身が答えだった、という理解だ。
ニーチェは「霊的存在の実在」は認めていない、と思われる。太陽霊、高次の存在、宇宙的キリスト、こうしたものを、存在論的には一切承認していない。ニーチェにおいて太陽は生を与えるものであり、判断せず等しく照らすものであり、善悪を超えて輝くものの象徴だ。『ツァラトゥストラ』冒頭には、こうある。
「おまえ、偉大な天体よ。おまえの幸福もなんであろう、もしおまえがおまえの光を注ぎ与える相手をもたなかったならば。」 (手塚富雄訳)
これは「与える存在は与えられる存在があってはじめて価値を持つ、と言っているような文意を感じる。
ニーチェが『アンチキリスト』で描くイエスは、裁かず、区別せず、報復もせず、条件というものをつけない。これは、「太陽が、善人にも悪人にも等しく照る」という福音書的イメージと、構造的に一致している。なぜだろうか?
どうしてもこのような疑問がわく。『アンチキリスト』を書いた時のニーチェの中には、14歳の子供は生きていなかったのだろうかという問いだ。これは、だれにもわからない問いだが、私は、「生きていた」と思いたい。