人智学では、クリスマスツリーは季節の飾り、という見方以外に、人間と宇宙の霊的履歴を凝縮した象徴体系ともみている。
飾りなどの形について、触れておきたい。
ツリーそのものであるもみの木は、冬に葉を落とさない常緑樹であり、永遠の生命と不滅の自我の象徴だ。人智学では「物質世界に深く降りながらも、霊的中心を失わない人間の自我」を表わすと見る。
ツリートップの星は、霊的導きとしてのキリスト衝動の降下点であり、宇宙的ロゴスが地上の人間意識に触れる“入口”とみなす。
ろうそくやライトは、人間の内側から静かに燃える意志の火を意味し、冬至後の光の回復と対応している。
オーナメントボールの、赤の球は愛と血と生命を、金の球は太陽の叡智を、銀の球は月の記憶を表す。球は言わば完全な形だ。全体として世界を引き受ける意志がその形を選んだ。
リボンなどのひも状の飾りは、過去から現在、そして未来をつなぐ個人史と人類史が交差しているようなイメージだ。ツリーを「歴史の柱」に変える要素ともいえる。
鐘は、霊界からの呼びかけであり、目覚めの音を意味する。神社の鈴のように、境界を越える音だ。人の中にある、「真実を聞く力」を呼び覚ます。
十字の形は、垂直線が天と地、水平線が人と人を意味し、それが交わっている。霊学的に言えば「永遠が時間に触れる一点」となる。キリストは生まれた瞬間から、物質世界の制約を引き受けた。それを最も端的に示す形が十字形だ。
五芒星は、人間そのものを指し、頭・両腕・両脚、直立した人間の姿、霊と物質の間に立つ存在を象徴する。
クリスマスツリー全体は、「天―人―地」を貫く一本の霊的軸であり、そこに色々な飾りが配置されることで人間が“再び霊的存在として生きる準備”を整える装置になる。
なぜツリーに「形」が吊るされるのか?
形は、言葉以前の霊的言語だから、神話が失われても、教義が理解されなくても、信仰がなくなっても、形は、人の無意識に作用し続ける。
日本人が無宗教のままツリーを飾るのは、キリストの理解とは関係なく、形が魂に直接触れているから、と言えるのではないだろうか。