人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

サンタクロースとなまはげは、人を100歳まで助ける。

「三つ子の魂百まで」という諺があるが、この時期思い起こされるのが、サンタクロースとなまはげだ。

この諺は通常、「幼い時に形成された性格は老年期になっても変わらない」という意味とされている。どう性格が作られるのかは、まわりの環境と状況にかかっている。

サンタクロースの元となった聖ニコラウスという名は、4世紀の小アジアの司教として知られている。夜中に貧しい家にそっと金貨を投げ入れたという逸話が、後世の「靴下のプレゼント」の原型となった。

また、あまり知られていないと思うが、国や地域によっては、聖ニコラウスは天使と同行しながら、影の存在であるクランプスや黒い従者ループレヒトを連れるという二極性を示す話も残っている。影や黒い存在とは、一種の悪魔的な存在だ。

人智学の理解では、ニコラウスは光の道徳的本質を表し、太陽霊の徳を子どもへ運ぶ存在とされる。良心、温かさ、他者への思いやりという太陽性の象徴だ。しかし、光の当たるところには、必ず影ができる。道徳だけでは、世界は成り立たない。

聖ニコラウスは、褒美を与えるのではない。語られる金貨は、人間の内なる良心を目覚めさせる物質上の象徴とみられる。“善を見守る存在”のイメージが無意識に子どもの心に深く長く刻みこまれることが重要で、クリスマスプレゼントをもらって所有欲が満たされる経験は、その時だけで終わる。

子どもは7歳ころまで、「善なる世界」を信じられる力を持っている。その“善への自然な信頼”を守る霊的存在が、聖ニコラウスだ。サンタを思うとき、子どもは見えない善を信じる体験をする。これが後年、道徳的判断力や直感的に善悪を感じる力になるのだから、この体験は、とてつもなく大切で、また、かけがえのないものとなる。「サンタなんて、いるわけがないよ」という年齢になったら、もう取り返しがつかない。

自我が成熟する20代〜30代になると、子どもの頃のサンタの体験が一種の直観構造として内側で再生する。その結果、目に見えない心の動機の重要性や人間の隠れた善意に気づく力、そして、人や世界の本質を感じる力へと発展する。つまりサンタ信仰は形を変えて直観力の基礎になる。

現代のサンタクロースは、想像力が物質界に降りた、民俗的・世俗的イメージが強い存在だ。ニコラウスの霊性が、近代社会の欲望・商業・物質主義の場と姿に投影されたものといえる。「贈与の喜び」が強調され、徳性は弱っているが、もちろん悪い存在ではなく、子どもを守る「夢の守護者」として一定の光を保っている。現代では、夢とお金の結びつきが強いのだが、それもまた必要なプロセスなのだ。

なまはげは、一種の来訪神で、「悪いことしていないか?」と問い、子どもの魂へ“道徳的緊張”を与え、最後は祝福を残して去る。聖ニコラウス、そして同行した影の存在と黒い従者。この三者を合わせたような存在が、なまはげと言えるような気がする。なまはげは、いわば、太陽サンタと商業サンタと幻想サンタを合わせたようなものだ。

ニコラウスは善なる太陽力として現れ、影の従者たちは“人間が冬に陥りやすい内的傾向”を可視化したものだ。“商業サンタ”は物質とお金という影、“幻想サンタ”は、文字通り、夢まぼろしという影だ。

来訪神としてのなまはげの特徴は、「怠け者はいないか」と問うが、最終的には子どもを護り、家に祝福を残す。その結果、子どもに「善い行い」への意識を芽生えさせる。これは、聖ニコラウスの“善を審査する”性質とほぼ同じ構造のように思える。

子どもの頃に、サンタのよいイメージを心に刻んだ人が、中年と老年になった時、どのような人になるか?を想像でランダムに描いてみた。

【中年期の特徴】

•絶望や冷笑より「どこかで良くなる」という感覚が持続する
•困難の中でも「意味」を見つける力が強い
•失意を経験しても、心の底に“柔らかい光”がある
•子どもの心を忘れない
•仕事にユーモアを持ち込める
•相手が言葉にしない不満や願いを感じ取る
•人生の出来事の意味を感じ取る

【老年期の特徴】

•世の中を悪く言わない
•人生を“祝福の物語”として語る
•感謝が自然に湧いてくる
•「人には必ず良い面がある」と晩年でも信じている
•自分の内側に“静かに寄り添う光”を感じている
•説教臭くならない
•力で支配せず、気配で導く

子どもの頃にサンタに出会えなかった人は、どうすればいいのだろうか?
それなら、今からサンタさんにお願いをしてみたらどうだろうか。100歳になってもきっとサンタは来てくれる。