年末に大掃除をやらない人も増えていると聞く。日本流通産業新聞によると、大掃除実施率は2000年代後半から緩やかに低下しており、2024年末の調査では 約51.1% が実施していて、2008年以降で過去最低になったというデータがある。
日頃からこまめに掃除していて年末のまとめ掃除が不要という意見も多いようだ。年代が若いほど年末大掃除をしない割合が高いという報告もある。
ここで、大掃除をやるかやらないかの善悪を問うのではなく、そのスピリチュアルな意味と、掃除という行為をする魂の傾向を読んでみようと思う。
年末の大掃除は、人智学的に見ると、一年分の魂的・エーテル的沈殿をふるいにかける儀礼行為の意義を持つ。一年間暮らした空間には、争いや焦りのアストラル残滓や習慣化した思考のくせ、意志を失ったモノに宿る停滞した力が、家具や埃や隅っこや使われない物に沈着するとみる。もちろん、そういうものがあったとしたら、という話だ。
掃除をする場所によって気分が違う、という経験はないだろうか?普通、上から下へ掃除するのが一般的だと思うが、天井や照明の時は「思いの整理」、窓や障子の時は「何か新しい光への期待」、壁や柱の時は「習慣の振り返り」、床の時は「足元を新たに確認する感じ」、水回りは「一年の感情の揺れを洗う感じ」などだ。それを意識すると、掃除がなんだか楽しくなってくる。
掃除は、空間と余地を新しく作ることでもある。掃除を済ませた後には、「この空間に、来年の可能性が入る余地をつくった」とでもいう感覚をおぼえることがある。ただ、もう年なので、あまり可能性は残っていないのだが…。
新しい空間と余地には、自分の可能性だけではなく、他のものも入ることができるのかもしれない。他のものとは、それぞれの人が思っていたことだ。あるいは、思ってもみなかったことかもしれない。例示することもできないほど、それは多様なものだと思うが、スピリチュアルな傾向の人は、その一つは、守護霊というかもしれない。
守護霊は霊的存在だが、物理空間と無関係ではない。近づきにくくなる空間には特徴があるとされる。
・長期間使われていない物が堆積しているところ。
・目的を失った道具が放置されているところ。
・争いや疲労の記憶が沈殿しているところ。
・空気と光の循環が止まっているところ
などだ。
「埃を払う、不要物を捨てる、窓を開ける、水で流す」という行為はすべて、守護霊が「示唆」を送りやすくなる回路をつくる意味を持っている。
掃除をすると、次のようなことが起きないだろうか。
・急に思い出す人がいる。
・連絡すべき用事を思い出す。
・本棚から必要な本が目に入る。
・迷っていたことが自然に決まる。
掃除は、そんな「ささやき」が届く環境をつくる、と言えるのかもしれない。
掃除は、祈りや瞑想と違って、意志・身体・空間を同時に動かす行為だ。だから、それは最も“現実的な霊的実践”と言えるのではないだろうか。
さあ、これからトイレ掃除でも始めようか。