人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

目の飛び出た古代遺物について

青銅縦目仮面

中国の古代文明を探る番組を見て、近年の発掘調査の結果、幻の王朝と言われていた“夏”が実在していたらしいことを知った。青銅の酒器“爵”など多くの出土品があったらしい。

そこですぐに思ったのは、四川省の三星堆遺跡から出土した巨大な仮面、青銅縦目仮面のことである。三星堆遺跡とその文化は、約5000年前から約3000年前頃に栄えた古蜀文化のものである。この仮面は、東京国立博物館で以前、特別展示があったように記憶している。

世界中の古代遺物のなかで、これだけは本当に唯一特別と言える。目が単に強調された遺物は、メソポタミア文明の「眼だけの像」とか、古代エジプトの「ウジャトの目」とか、中南米文明の「眼窩が誇張されたマスク状の神像」などがあるようだが、この青銅縦目仮面は全然違う。こんなに目が飛び出ているものは他にはない。

これは、「飛び出ている」という表現をはるかに超えている出方だ。なぜ、こんなにも出ているのかは、わかっていない。荒唐無稽な推測があるだけだ。

この目の意味は、人智学を学んだ人なら、すぐにピンと来るはずだ。

人智学的な歴史認識だと、太古の時代は「全身が眼だった時代」といわれている。当時の人間は、個体としての肉体をもたず、半霊的存在だった。感覚はまだ分化しておらず、全身が光に感じる“眼”のような存在だった。つまり、世界と自分の境界がない、という世界だ。メソポタミアの「無数の眼」や、エゼキエル書の「輪の中の輪に満ちた眼」は、この全身感覚の名残といえる。

その後の目の進化・変遷については略すが、人がものを見るということについて、人智学はちょっと常識では考えられない見方をする。

「人が物を見る時、目から生命体と感情体が流れ出て、その物まで伸びて触っている」

というものだ。「見る」という行為を単なる受動的な感覚ではなく、なく、生命体と感情体の“伸びる運動”として認識している。視覚とは、より繊細な“触覚”なのだ。

物理的な眼は光を受け取るが、霊的な眼は、光線に沿って対象に触れに行く。つまり、視覚とは「遠隔触覚」なのだ。ただしこの「触れ方」は、物理的な圧ではなく、生命的・共鳴的な流れをいっている。

私たちが何かを見るとき生命体は眼を通して放射状に広がり、対象の形態や生命律動に触れる。同時に、感情体はそれに共鳴して波動的に震え、「美しい」「不快だ」といった感情を起こす。そして最後に、自我がそれを意識化する。

この流れ全体が「見る」という体験で、見ている瞬間、人間は対象に生命的に結びついている。

青銅縦目仮面の“生命眼”は、こちらまで伸びている。太古の人間は、この生命の力を実際に“見た”に違いない。

これは、「古代の人間はバセドウ病だった」という科学者の説と同じように荒唐無稽だろうか?少なくとも、人智学の視点に共鳴する思想が三つある。

プラトン派の人は、「視線は魂の火が外へ放たれること」と言い、ヒンドゥーでは、「ダルシャナ(見られること)」は霊的交通だと言い、禅では、「見れば即ち触れる」と言う。

“見る”とは、対象に生命的に触れることであり、その触れ合いの中で、人間と世界が相互に“見られ”“見合う”関係になる。

次は、彫像や絵画における“眼”の造形と象徴がどのように変化していったか、また「眼差し」の体系的研究もしてみたいと思っている。