人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

若いどんぐりをみて思うこと

若いどんぐり

お墓参りに行ったら、近くにクヌギらしき木があり、まだ青いどんぐりがなっているのを見つけた。こんな風になっているのか!と珍しい光景に心が何か動かされるように感じ、思ったことを書く。

どんぐりも葉っぱもそうだが、生命の個体は一つとして同じものがない。これは、人智学において非常に重要な意味をもっている。

「個体性の唯一無二性」を決定づけるのは、植物の場合、「生命のリズムや形態を個別に与える力」が働いているから、とみる。自然科学は、生命を「種」や「遺伝」によって理解しようするが、人智学では「種」はあくまで宇宙的な型であり、それが各個体において独自に表現されることこそが本質とされる。

シュタイナーはゲーテの自然観(形態学)の考えを受け継ぎ、すべての植物の葉は「原葉」という普遍的な原型から生まれ、展開・変容していくと考えた。

同じ「普遍的原型」が、位置・環境・リズムによって「唯一の葉」として姿をとる、という風に見たわけだ。葉は、根の近くでは鱗片葉(光合成を行わず、普通葉よりも著しく小形になった葉)、茎の中ほどでは大きな展開葉、花に近づくと萼や花弁へと変容する。葉の生命体は、形態形成の力を担う。

どの葉も「同じ樹種の型」を反映しながら、微細には二つとして同じものがないという両面を持つ。一枚一枚葉っぱの葉脈を比べてみれば、よくわかる。根気が必要だが。

葉が二つとして同じでないのは、太陽光の当たり方、水や土壌の状態、周囲の空気の動き、生長のリズムといった宇宙的・地上的な諸力の瞬間的な交差が常に異なるからだ。力の組み合わせは、ほぼ無限だ。宇宙の諸力(星の力)と地球的な諸力が、「ここでこの瞬間」で出会うとき、その一度きりの形が葉として現れる、ということだ。

ゲーテとシュタイナーの流れでは、芸術的直観で「生きて形が変容していく力」を感じ取ることが重要となる。

シュタイナー学校では、植物の観察は単なる「生物学の知識習得」ではなく、子どもの魂の成長と深く結びつけられている。どのような教程になっているかというと、

低学年(7〜9歳頃)
子どもは植物を「生きている全体」として捉え、葉・茎・花・根を「一つの生命の表現」として感じることを身につける。

中学年(10〜12歳頃)
葉の一枚一枚の違いや変化を観察し、「普遍と個別」の関係を直観的に理解していく。

高学年以降
ゲーテ的な形態学をもとに、自然科学的な考察と芸術的直観を結びつける。

こうしたプロセスを通して、子どもは「自然は生きて変容する力を持っている」という感覚を養うわけだ。

葉が二つとして同じでないことは、子ども一人ひとりの個性もまた唯一であることの象徴として扱われる。「この葉が、この枝、この光、この時間だからこそ生まれた形であるように」「あなたもまた、世界の中で一度しか現れない存在なのだ」という感覚を子どもの内部に育てようと努力する。

だから、植物の授業は、人間の唯一の個性を尊重する感覚を育てることにまでつなげることによってはじめて、意義あるものとなる。植物の学習は、人間学なのだ。