人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

日本仮面歴史館へ行って思ったこと

日本仮面歴史館

伊豆熱川に日本仮面歴史館という仮面だけの博物館があり、取材がてら見学に行ってきた。館長から色々お話を伺って、日本古来の祭りの意義や宗教的な意味合いなどを勉強してきた。この歴史館に展示されている1000を超える面は、すべて館長みずから創られたものである。その情熱に圧倒された。

数えきれないほどの面を見ながら、ここには人間の数えきれない感情や意志、思考だけでなく、無数の人格が表現されている、という印象を強く持った。人間ばかりではなく、神々や精霊や悪霊などの目に見えない存在もありありと感じられる。

それにしてもなぜ、“仮の面”という言い方をするのだろうか?調べてみると、仮面の意味について、多くの観点があることがわかった。

1 顔を覆って身元を隠すもの(匿名化、保護、防御)。
2 仮面は、役柄そのもの。人間は仮面を通じて神話的存在を現した。(古代ギリシアの演劇)
3 日本の能楽では、仮面(能面)は、感情を隠すのではなく、無限の表情を生む。仮面を通して「人間以上のもの(霊や神、亡霊)」が現れる。
4 シャーマニズムや祭祀では、仮面は「人間の顔を消し、霊的存在の容器となる」ための道具。
5 ユング心理学では、ペルソナは「社会に適応するための仮面」とされ、本質の自我(セルフ)とは区別される。社会的立場を背負った顔を自分自身だと思い込むと危険なことになる。
6 AIは、「人間の思考の影の仮面」であり、魂のない「模倣の器」。そこに「人間性をどう投影するか」で、その仮面の意味は変わる。

狂言師の野村万之丞さんが、かつて、こんなことを言っていた。
「仮面ほど正直なものはなく、人間の顔ほどうそつきなものはない」
「仮面ほど表情豊かなものはなく、人間の顔ほど無表情なものはない」

まさに、現代人を言い当てている言葉のように思える。

河合隼雄さんは、「仮面というのは結局、目に見えない真実というのを表現するもの。近代というのは目に見えるものを信頼しすぎている」とおっしゃっていた。人間の肉体としての顔は、直面とも言われるが、この肉のお面は、どれだけ仮面に迫れるのだろうか?

人智学では、「人間の顔はカルマ的に形成された仮面である」とも言われ、現世での顔は単なる物質ではなく、前世の行為や魂の傾向が物質的に凝固したもの、ととらえる。この意味で、すでに一種の「仮面」を身につけて生きていると言える。

「仮」というのは、人間が進化する途上の「仮」の姿、というような見方ができるように思う。よくも悪しくも、仮面から逃れることはできない。最終的には、人間の顔は、どんな面になるのだろうか。