人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

蜂群崩壊症候群の現状と「ミツバチ講義」の“予言”について

蜂群崩壊症候群は、ミツバチの巣やコロニーが突然崩壊してしまう現象のことで、養蜂業や農業に大きな影響を与えるので、世界中で問題視されている。働き蜂が突然いなくなり、女王蜂や幼虫は巣に残されるが、蜜や花粉はそのまま残っている、という不可解な状況がある。

日本でも2000年代以降、ミツバチの減少が問題になっており、農業の授粉、特に果物や野菜に影響が出ると心配されているが、過去数年において新たな事例は報告されていない。ただ、ネオニコチノイド系農薬の規制が緩和傾向にあり、海外では使用が制限されているこの農薬使用の緩和を危惧するむきもある。

最近の状況を調べてみると、アメリカでは、記録的な蜂の消失が報告されており、2025年、ワシントン州立大学の研究などの研究によれば、商業養蜂で60〜70%の群れが消失したということだ。

また、2024年夏から2025年2月にかけて、カリフォルニア州ではアーモンド栽培のために輸送された蜂のうち平均で62%が失われるという壊滅的状況になっているそうだ。

それらの理由に関しては、“複合要因による持続的危機”とだけ言われ、要するによくわかっていないということだ。

まさにこの状況を100年ほど前に警告したのが、シュタイナーの「ミツバチ講義」だ。これは1923年に行った連続講義で、当時の養蜂に広まりつつあった女王蜂の人工交配などの手法が、やがて100年ほどで養蜂を危機に追いやるだろうと述べている。

この講義は、シュタイナー独特の宇宙観と霊学的な視点からミツバチを語ったもので、ミツバチの巣を「理想的な共同社会」と見なし、人間社会が学ぶべき点を指摘している。

講義内容を抜粋、要約してみると、

・働き蜂の自己犠牲や共同のための生き方に、人間の未来のヒントがある。蜂は「個のためではなく全体のために生きる」存在で、人間が学ぶべき「自己犠牲と共同性」の象徴である。

・人類が未来に進化するとき、蜂のような調和的社会を目指すだろう。

・蜂社会は理想的だが、それは「自由がないゆえの調和」。人間は自由を持つからこそ、意識的に調和を学ばなければならない。

働き蜂は自分のために生きるのではなく、「巣全体のため」に行動する。例えば刺すと自分は死ぬが、共同体を守るためにそれを選ぶ。シュタイナーにとって、この行動は「利己心を超えた共同性」を意味していたと思われる。ミツバチの巣は「利己を超えた自己犠牲」「役割分担と調和」「宇宙的秩序との一致」という3つの要素を満たすことで、人類の未来像を映し出す“目の前に見ることのできる生きた比喩”だった。

ただ、蜂社会と人間社会には違いもある。

蜂社会では、すべての行動は「本能」であり、人間社会では、人は自由意志を持ち、自分勝手にふるまうことができる。そのため争いや不調和もおきる。また、蜂社会では女王蜂・働き蜂・雄蜂の役割は固定しているが、人間社会だと、本来は流動的で、誰でも学びや経験によって役割を変えられる。

蜂は「理想的な社会」を示すが、それは 自由がないまま完成された調和だ。人間は不完全で、常に争っているが、その代わりに 自由意志と創造性を持っている。

シュタイナーはこんなことも言っていた。

「蜂は本能だからうまくいく、人間が理性で同じことをしようとすると破滅する」

人類の課題は、蜂のように自然と調和しつつ、自由を保ちながら「意識的に」共同体を築くことだと言える。