人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

アインシュタインのE=mc² の式をスピリチュアルな目で見たら

「3か月でマスターするアインシュタイン」という番組を見ていて、高校時代に習った色々な数式が懐かしく、それに伴って若いころのことがいろいろ浮かんできて、楽しく視聴させていただいた。

シュタイナーは、アインシュタインの理論が現実離れしていると否定的だった。私もそう思う。だがふと、E=mc²の式を見ていて、これはスピリチュアルの視点で変換して解釈してみると、とても面白いのではないかと思い、色々と思索してみた。ひょっとすると詩作になっているかもしれないが…。

物理学ではEはエネルギー、mは質量、cは光速のことだ。

Eを霊的な存在や生命力、つまり目には見えないけれど、すべてを動かし、存在させる根源的な力と見る。

mを物質的存在、言い換えると私たちが触れられるもの、有限で滅びるもの、魂が一時的に宿る「器」と見る。

cを二つを媒介する神聖な霊的光とみなす。

そのように捉えれば、「物質は凝縮されたエネルギーであり、すべての存在は本質的に“霊的エネルギー”から成り立っている」という、スピリチュアルの方向に解釈することもできる。「肉体(物質)は、光を媒介にして霊(エネルギー)と一体である」という壮大な比喩になることもできる。

この視点からだと、死は「質量が失われてエネルギーに還るプロセス」とも解釈できるし、祈りや瞑想によって「光を通して物質から霊へアクセスする」という宗教的な実践とも重なる。

もちろん、これには自然科学的な意義はない。しかし、科学の成果を「存在論」や「霊的な世界観」と重ね合わせることで、世界をより深く、詩的に理解しようとする試みには価値があると思われる。「物理学的な正しさ」ではなく「人間の精神世界を豊かにする解釈」としてなら、十二分に意義があると思う。

人間の精神世界につながりうるアインシュタインのこの式は、だからやはり偉大なのだと思う。E=mc²、私には“光の歌”に聞こえてくる。