人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

七夕に思うこと

日本の七夕は、「織姫と彦星のロマンチックな星物語」として知られている。子どものころ、願いごとを短冊に書いたはるか昔のことを思い出すが、人智学の高橋先生がよく言及されていた五来 重先生の『宗教歳時記』を読んでいたら、色々と勉強できたので、その報告と感想を書く。

もともとは、中国の漢代に始まる行事で、女性たちが針仕事の上達や手芸の才能を願い、星に祈る儀式だったそうだが、日本で知られ、歌われるようになったのは『万葉集の』貴族たちからである。七夕を歌った歌は約百三十首あるという。

五来先生によると、民間では、七夕はお盆のスタートということだ。全国いくつかの民俗調査によると、若竹の四本竹で軒下に棚をつくり、“七夕棚” と言っていたそうで、先生はその七夕棚がそのまま置かれて、お盆の精霊棚になったと推定している。

別の地域の伝承では、「七夕には軒下に台をおき、供物として団子・茄子・胡瓜などを蓮の葉に盛る。翌朝早く川へ流しに行く」という七日盆の行事が残っている。

また別の地方では、「ぢっ様ばば様 このあかりで ごんざれごんざれ」と火を焚いて精霊を迎えるそうだ。
また、七月六日の夕方に川辺で松明をともして、「たなばたはん たなばたはん このあっかりで ござらへいよう」とむかえ、七日の夕方には、「たなばたはん たなばたはん このあっかりでもんどらへいよう」と送り、まったくお盆のお精霊とタナバタ様は同じものであった地域もあるそうだ。

「織姫・彦星の伝説」が、中国由来の「技芸の祈り」から日本由来の祖先迎えへと発展してものであることがわかるが、織姫さま・彦星さまが、祖霊と考えれば、なんだかスムーズにつながる気がする。

「おお、天の織姫よ、技芸と愛の力を、わたしの手と心に授けたまえ。彦星よ、地上の労働と霊の意志を、わたしの歩みに加えたまえ。」
短冊に、人智学風に書くとするとこのようになるかもしれないが、日本の七夕の歌にも感心する。

ささの葉さらさら
のきばにゆれる 
お星さまきらきら
きんぎんすなご

ごしきのたんざく
わたしがかいた
お星さまきらきら
空からみてる

私の祖父や祖母、父や母は、空から私を見ていてくれるだろうか?