6月21日は、国連で創始されたヨガデーだそうで、5000年の伝統があり、創設時の国連の演説では、「ヨガは身体と精神、思考と行動、抑制と実践の統合を実現させ、また、人と自然の調和、健康と福祉へのホーリスティックなアプローチを実現する。」と述べられたそうである。かなり抽象的な印象を受ける。
私も以前、5年間ほど習っていたのだが、日本の状況を見てみると、一般的な健康法や体操、フィットネスとして行われているところが多いようだ。ストレス解消やダイエットを目的とするところも見られ、なかには、“ホットヨガ”というものもあるから、ちょっと驚く。私が習っていたところは、身体を中心としながらも、宇宙の精神との合一などの講義もあった。
人智学でもヨガを大変尊重しているが、現代にあったやり方も提言している。心の統御、瞑想、集中に重点を置くのが特徴となっており、無私の奉仕や義務を通して自己を清め、エゴを克服する道にも言及される。ただ、現代では、人それぞれの自由な思考と合理性が重んじられるので、「何々すべき、とか、何々しなければならない、」といった強制はまったく存在しない。
古代のヨーガをそのまま模倣しても、本来の目的に至らない、ということは言われる。古代人は、空気とともに一種の魂も呼吸していたので、現代で一生懸命酸素だけ呼吸するやり方ではうまくいかない。自由な思考と自我の確立が現代の意識の課題であり、身体的なテクニックだけに依存することはそれを妨げるとまで言っている。
私は、よい精神(魂)を呼吸できているだろうか?という疑問が付きまとうが、「呼吸が変わると、感情も変わる」「感情が変わると、世界の見え方が変わる」。では、この変化を支えている“私”とは何か?」という問いへと向かうことができるとよいのだが。