人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

「絶望名言」に元気をもらった話

先日、NHK「ドキュメント20min.」で『「絶望名言」を探して』という番組が放送された。「ラジオ深夜便」の人気コーナーで、書籍化もされ、何事もポジティブに!とされる現代で、なぜ心に刺さるのか。その答えを探しに、街で人々にそれぞれの「絶望名言」を聞いた、という内容である。

わたしは早寝早起きなので、この番組のことは全く知らなかった。HPの説明によると、

「毎回ひとりの偉人、文豪を選び、絶望に寄り添う言葉を紹介する。絶望から生まれた言葉だからこそ、絶望のふちにいる人間にとっては救いにもなり得るという視点から、“絶望名言”から生きる上でのヒントを探す。解説の頭木弘樹(文学紹介者)は難病で13年に及ぶ闘病生活で、カフカやドストエフスキーの絶望の言葉から光を見いだした経験を持つ。」
とある。2017年から放送しているそうだ。

さっそく文庫化された書籍を読んでみた。なぜだかわからないが、人生を応援し、励ますたぐいのどんな言葉より、元気が出てきた。これは、いったいどうしたことだろう? カウンセリングでいわれる同質原理のような効果だろうか? それとも「他人の不幸は蜜の味」のたぐいだろうか?あるいは、音楽の世界で「心が沈んでいるときは静かな悲しい曲を!」と同じようなものか?

どれにも似ているような気もするが、ここまで元気が出てくるとは思わなかった。世の中、自分と同じような人がいるんだなー、という「つながり感」のせいかもしれない。書いた人が偉人、文豪だからなおさらだ。

特に私の場合、インパクトが大きかったのは、中島敦の『李陵』に出てくる次の言葉だ。

「常々、彼は、人間にはそれぞれの人間にふさわしい事件しか起こらないのだという一種の確信のようなものをもっていた。」
実際には、自分にふさわしくないことが次々と起きた、と書いているが、「たとえ始めは一見ふさわしくないように見えても、少なくともその後の対処のし方によってその運命はその人間にふさわしいことがわかってくる」とも書いている。

これは大変深いことを言っているように思う。苦しいことばかり起こると、普通は「なぜこんなことが自分に起こるのか?」と思うのは当然である。自分の運命を嘆き、恨むことさえある。

中島敦はどういうわけか、「その後の対処のし方によってその運命はその人間にふさわしいことがわかってくる」と言っている。しかし、その理由を書いたものは見当たらない。

人智学関連で思い出したのは、シュタイナーのカルマ(運命のようなもの)論だが、「絶望」は、人間の魂の発展や霊的成長において欠かせない体験とされている。今絶望感を感じている当人にとっては、たいへん厳しい言い方になってしまうが、何年もたってから振り返ってみることが最も大切であるとも言っている。

中島がいう「その後の対処のし方」にぴったり該当すると思われるのだが、いかがだろうか?

なお、シュタイナーは、“絶望の瞬間、人間は「自由」に最も近づきます。なぜなら、既存の価値観や期待が崩れ去ったとき、初めて自分自身の内から何かを生み出す必要が生じるから。” のような主旨のことを言っている。

絶望は、希望の逆説と言えるかもしれない。