人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

「詩人の魂 心に、街に」を読んで

フランス在住40年の方が書かれた新聞記事がとても印象的だったので、その感想を書きます。

フランスでは詩集の売れ行きが、前年比で17%も伸びたそうですが、「詩人たちの春」というイベントがあり、今年で27回目だそうです。「詩のグランプリ」というコンクールもあり、中でも「詩的な診療」というイベントでは、病院や図書館や社会福祉施設で“診療”を受けると、アーティストの「医者」が、その人に合った詩を選んで“処方”してくれるそうです。こんな素晴らしいイベントがあるとは、信じられないくらい感動的です。さすがシャンソンの国ですね。シュタイナー学校で行っている、通信簿の代わりに教師が書く詩も思い出させてくれます。

著者は「詩は高尚な芸術という偏見が根強かったが、こうした様々な試みが売れ行き上昇につながっているのではないか」と述べ、最後に「ひとりひとりの心の中に、きっと詩人の魂が眠っている。」と締めくくっています。
日本では、テレビ番組の影響もあってか、俳句などはかなり関心がもたれているようですが、全体的な市場規模は限られています。それでも、あるドイツ文学の先生がおっしゃるには、新聞に俳句や短歌の欄があるのは日本だけだそうで、日本の韻文文化も、色々な形でもっと街に出ていくといいなと思いました。私の住んでいる町で、「俳句ポスト」は見たことがありません。
ちなみに、シュタイナーは、詩的な表現が、人間の魂に影響を与え、精神的な成長を促進する可能性を持っていると考えていたようです。特に、詩的な言葉が持つ音楽的なリズムや調和(日本でいえば韻律のようなもの)は、魂を深いレベルで響かせ、スピリチュアルな認識を高めるものとされています。詩の意味・中身よりも、「いかに」言葉で表現するか、が大切とされます。ゲーテは、「何をと考える者は、いかにとは考えぬ」と言ったそうですが、なるほどと思います。