人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

本屋さんは「お告げ所」

今週のお題「本屋さん」
本屋さんという場所
私にとって本屋さんとは、場所として多くの意味を持っている。
まず単純に「縁のある人と出会えるかも知れない所」。文は人なり、のことわざ通り、本屋さんの中は、人が持つ多様な感情や思考や意志が限りなく広がっている、というイメージ。とてもとてもこんなに多くの“人”と接することはできないが、全く知らない人と縁が結べる可能性がある所でもある。本当は、本だけではなく、その人本人と縁を結びたくなることもしばしばである。
次は、「神殿の中のお告げ所」。特定の本を探すのではなく、何も考えないで、ふらっと本屋さんに入ることがあるが、当然ぶらぶら見て回ることになる。そういう時によく起こるのだが、ふらふら本屋さんの中を歩いて、何の気なしに立ち止まってしまうことがあり、そうすると “これこそ今読みたかった本!”そのものが、目の前にあったという体験からである。これは、「今自分に必要な本が私を呼んでくれた所」とも言え、何らかの存在が“お告げ”をしてくれているのかもしれない。
次は、「キャッチコピーを学べる学校」であり、「デザインを学べる学校」である。いわゆる腰巻文学のことで、このコピーに引き付けられることがとても多いが、それ自体が短い文学となっていることもある。読んでみてたまに、がっかりすることもないではないが…。また、本の中身もさることながら表紙のデザインだけ見ていても、勉強になり、この本の内容でなぜこのデザイン?と考えるのが面白い。
最後に、本屋さんは「好奇心がとどまらない危険な所」でもある。好奇心を持つことは、一般には良いことのように思われているが、とどまることを知らない知識欲という怪物に飲み込まれてしまう危険性も感じる。本の中に、“読んでほしい本”とか“とても参考になる本”とか“もっと詳しく知りたい方へ”とかの情報があることが多く、それにも気をひかれてしまう。
そうなるともう本地獄だ。私は本の山の中で、毎日遭難しかけている。