人智学的つれづれ草

日常の体験と人智学で学んだことを結びつけ、広げます。

「勝つために必要な技術や戦略は氷山の一角」に心が動く

普段スポーツ記事にはあまり興味が湧かないのだが、珍しく目が向かったものがあったので、記しておきたい。それは、「ラグビー強国 伝統儀式で結束」の見出しで始まっていた。もちろんフィジーのチームの話である。チームには、「ロトゥ」と呼ばれる伝統儀式があるそうで、「練習が終わると礼拝堂で聖書を朗読し、讃美歌を斉唱する。選手たちの結束力はこの信仰心と切り離せない」、とある。チームの監督は、「スポーツセラピストやメンタルトレーナーよりも、“神の言葉”をよりどころとする」と話している。
キリスト教が伝来する以前は、霊力で人々を守る古代神を祭っており、今も呪術による治療などの習慣が残っているそうだ。「ロトゥ」はあらゆる神とつながる儀式と言われているところなど、日本の八百万の神に通じるものがあるのかなと思った。
伝統に敬意を払うことが強さの根源となっている、ということを聞くと、単なる神頼みのような素朴な信仰めいた感想を持ちがちだが、チームの一人一人に何か不思議な別次元の力が働きかけているのではないか、とも思える。選手はしばしば自分たちの祖先の精神的な支えも感じながらプレーするということも聞いたことがあるが、こんな精神的な心的態度がスポーツの中に入り込んでいることに驚きと敬意を感じる。
日本でもほかの国でも、勝利した後、「神に感謝し、恩返しを誓った」という感想を述べる選手がいるだろうか? スポーツと信仰との結びつき、というあまり聞かないテーマだったので特に印象に残った。
人智学を勉強していると、このような記事にとても敏感になる。